EVENT REPORT

コンテンツの役割と設計倫理――World IA Day 2016 Japan(Tokyo) vol. 4 3/6

【スピーカー】櫻田潤、松浦茂樹、坂田一倫、長谷川敦士

【モデレーター】山本郁也

EVENT REPORT

コンテンツの役割と設計倫理――World IA Day 2016 Japan(Tokyo) vol. 4 3/6

【スピーカー】櫻田潤、松浦茂樹、坂田一倫、長谷川敦士

【モデレーター】山本郁也

2016年2月20日(土)、amu にて World IA Day 2016 東京が開催されました。今回のグローバルテーマは「 Information Everywhere, Architects Everywhere 」、そして日本では「いまフィルターバブルを考える、これからの IA の役割とは」とローカルテーマを題してさまざまなプレゼンテーション、議論が行われました。ログレポート最終回はオープンディスカッション「フィルターバブルと企業倫理」です。当日の発表者の長谷川敦士、櫻田潤、松浦茂樹に加え、Medium 日本代表アンバサダーの坂田一倫と、山本郁也事務所代表の山本郁也が登壇しました。議論のテーマごとに、レポートを分けてお届けしていきます。

※このセミナーは2016年2月に行われたもののため、文中の数字やサービス構造等に関しては、最新ではない可能性がございます。

OVERVIEW

2016.02.20(土)

スピーカー:
櫻田潤、松浦茂樹、坂田一倫、長谷川敦士
モデレーター:
山本郁也

INDEX

  1. 良質なコンテンツは、次のアクションを促す
  2. ストーリー化によって情報のあり方は転換期を迎えた
  3. 設計者の倫理、ビジネスとしての持続性

良質なコンテンツは、次のアクションを促す

(この記事は 1/62/6のつづきです)

長谷川:Amazon、Google、Facebook などの巨大上場企業は株主還元の側面においても、ビジョンを持って社会的責任を果たす必要があります。Amazon の場合は利益を出さない戦略が株主に受け入れられているので、株主還元の面だけを意識しているわけではありませんが。今回のテーマであるフィルターバブルをつくる立場という意味でも、NewsPicks や SmartNews 、Medium は、現在はそこまでの公共性を持つステージには至っていないと思います。Google のように世界のデフォルトの検索エンジンを牛耳っている人たちの責任のほうが、より大きい。そういう絶対的なフィルターバブルをつくっている立場ではありませんが、ネットの世界全体がフィルターバブル的に個人の視点が狭くなるよう誘引している側面が強くなっている中で、メディアとしての責任を感じることはありますか。

松浦:おそらく、Google、Amazon、Apple など巨大企業ならではの矜持があると思います。Apple が iPhone のバックドアをつくるよう政府に要請された際も、つくらない旨をティム・クック(Tim Cook)が公式発表しました。iPhone を持っている人はある意味「 Apple 市民」で、Google もそれに追随しているような形です。今日この会場にいる方で、Google を使ったことない人はいないでしょう。フィルターをつくっているかもしれませんが、やはり大企業の矜持たるものはあります。 SmartNews はそうした大企業と比較すると小さい存在かもしれませんが、しかし企業の大小ではないと思います。大枠ではフィルターの存在もありますが、良質な情報を求めている人に、必ずそういう情報を送り届けるというミッションを掲げています。先ほどの私のプレゼンでも NPO 法人のお話の部分で、社会的に意義のある情報を知ってもらうためのサービスについても触れました。いかにフィルターバブルを超えて情報を取得していってもらうか。メディアに限らずサービスでもなんでもそうだと思いますが、その意識が持てるか否かは大事なポイントです。

櫻田:SmartNews は「発見」という言葉を使っていますが、NewsPicks は「理解とその発見の欲求を満たす」ことを大事にしています。また先ほど松浦さんが、良質なコンテンツは次のアクションを連れてくるとお話されていましたが、それはフィルターに対する答えの一つかなと思います。やはりなにかしらのフィルターがないと情報を探すのも大変なので必要悪ですが、そこでストップしてフィルターの範囲内にとどまるのはいけません。なにか次の情報のフックになるような、次に移れるようなフィルターだといいな、とお話を聞きながら思いました。そういう方向を NewsPicks は目指していますし、SmartNews も同じなのかなと。それが、Google だと次のアクションを起こすような情報かどうかという選別はしていないと思うので、すこしむずかしいのかなと思います。

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ストーリー化によって情報のあり方は転換期を迎えた

坂田:長谷川さんの質問ですが、僕も最近ストーリーに関するおもしろい流れが起きていると思っています。櫻田さんからは発見、理解という言葉も挙がりましたね。2015年に Medium の中で最も話題が多かったのはパリのテロ事件で、その中でも特にレコメンドされた記事が、被害者の親が加害者に宛てた手紙でした。それはニュースではあまり取り上げられない部分です。ニュースより先にこの記事にリーチした人の理解としては、「なにが起こったんだろう」とその背景を理解し、その後に概要をニュースで知る、あるいはニュースで知っていて、その背景をストーリーで理解するというような、相互作用が起きている気がします。先ほどの IDEO の買収の件も同様ですが、なぜ買収に至ったのかというニュースでは取り扱われない中抜けした情報を、ティム・ブラウン( Tim Brown )CEO 自らが Medium でストーリーとして補完するという現象が起きています。その対立構造というか、情報補完をユーザー自身が学習して取捨選択して消化している印象をすごく受けるのですが、どうお考えですか。

櫻田:聞いていて思い出したのですが、ユーザー自身が補完のために情報を取捨選択するというのが、DVD を買った時のように意外にむずかしいんですよ。つまり、DVD って映画の解説だったり背景がついているじゃないですか。ああいうことが Medium という場で起こっていると感じました。たとえば Facebook のロゴが変わったときに、デザイナーがこういう考えで変えたとか、記事に書いたりしますよね。その記事から「あ、ロゴ変わったんだ」と知るようなことが起きてくるなと思います。ストーリーとニュースで知るということの順序が変わったりする状況になっているということです。

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松浦:実際、ニュースも極端にいえば「ここで事件がありました、以上」ですと、次のアクションを起こしにくい。でも、サイドストーリーとして事件の背景や事件にまつわるエピソードなどの情報を伝えられるとアクションに繋がりやすいです。みなさんが触れている情報、たとえエンターテインメント情報であっても、たとえば「どこそこの人がなにかしらで捕まりました」とだけ伝わってきても、今はスマートフォンなどの普及によりだれもが情報発信できるので、事件の報道と同時にさまざまな周辺情報などがどんどん出てきて、どんどん読まれていくのが現状ですよね。この構造だけを取り出していえば、すべての一次情報のあり方は、そうした周辺情報の存在によって、大きな転換期をむかえるようになるでしょう。

設計者の倫理、ビジネスとしての持続性

山本:長谷川さんにお聞きしたいのですが、IA 業界はコンテクストやアンダースタンディングが重要なキーワードになっていると思います。その中でアンダースタンディングという、わかりやすさや簡単さ、上手く伝えることばかりにフォーカスしてしまうと、フィルターバブルを後押ししてしまうのではと感じました。松浦さんがおっしゃっていた次の情報を連れてくるというような可能性の余地があれば、受け手側の解読のチャンスに繋がりますよね。つまり、いろいろな解釈がある。ただ IA 業界におけるアンダースタンディングやコンテクストは比較的コンセプトを絞って一つの情報を上手く伝えることにフォーカスしていると思いますが、いかがですか。

長谷川:ご質問がいくつかの論点に分かれている気がしますが、まず IA は業界内での行動規範のようなものがまだ確立されていないので、すべての IA 従事者がという話ではないと思います。ただ、基本的にはその設計の主担当者の倫理観、よかれと思うことが拠り所になってはいる。もちろん人間中心設計(Human Centered Design)において、利用者が果たしてどんな文脈で、どういうふうに絞ればわかるだろうか、ということをユーザー視点で考え、一番いいものをつくろうとはしています。情報設計においては、まず情報の送り手 Giver から情報の受け手 Taker へとチャンネル上でコンテンツを渡されていて、その周辺にはシー・オブ・コンテクスト(文脈の海)があります。そこで、要素をどう料理するかがインフォメーションアーキテクトの仕事だと一般的にはいわれますが、結局それこそインフォグラフィックスと一緒で、なには強調するけどなには捨てるかということは、つねにやらねばなりません。
たとえば新しい街に訪れた際に、その街を知るためのガイドブックがあるとしましょう。情報をまったく知らない人に探索するきっかけを与えるものなので、ターゲットを想定したときに、果たしてどういう情報を伝えればこの街の魅力が伝わるだろうかというプロモーションの側面がある。一方で、純粋に街が一番知られるにはどうしたらいいか、という視点に立とうと努力をします。なにかの側面だけを前面に押し出すのではなく、全体を最適化しようという努力です。あるいは、街へ訪れた人にはなんの話題を届ければ興味を広げてくれるだろうかと努力する。けれども結果的にそれは失敗するかもしれないし、すこし偏った情報を見せることになるかもしれない危険をはらんでいます。この危険をおかさないと、結局はだらっとした、街の電話帳つくりましたというような話になってしまう。必ずしもフラットな情報発信がいいとは限りません。
そのため情報をしぼって緩急をつけますが、そのとき自分がよかれと思う個人的な観点になりがちですよね。そのときに、やはり設計者がなにを問題設定しているかによってきます。街のガイドブックをつくる場合に、「その街のことをより好きになってもらおう」「街の産業をより発達させよう」「街の特定のお店がより知られるようにしよう」など、さまざまな問題設定があると思います。たとえば店の知名度アップのためには、誘客がお題になるので広告ビジネスの要素も入ってくる。そこで、仮に広告を載せられない状況としたときに、「このガイドブックの価値として誘客はしない」と判断したら、それは顧客、ユーザーにとって正しいかもしれませんが、スポンサーがつかなくなるかもしれません。そしてサステナブルにビジネスを続けられなくなり、結局ガイドブックが廃刊になってしまい、顧客に迷惑をかけてしまうかもしれない。こうした意味から、ビジネスのバランスは考えなければいけません。

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けれど重要なのは、できる限り顧客つまりユーザーのためにフェアであろうとする努力目標を持つことです。制作するチームの中で共有するというより、だれかがリードして決めなければいけないし、この努力目標がないとユーザーエクスペリエンスといわれるような、それこそ行動経済学的に人びとの行動をコントロールする方向へ走ってしまいます。コンビニの棚の配置で購買をあげるようなことがエンジニアリングにできるようになっていくと、スポンサーに有利な情報操作も可能になる。そうした中で持つべき倫理観が、設計者の行動規範として必要です。また、どれくらい倫理観を一般化してみんなが持つべきなのかは、もっと今回のような場で議論していく必要がありますね。正論や建前として倫理を語るのは簡単ですが、ビジネスとして行うときや持続的に行う場合には、なにか妥協する必要があるのか、どういう考え方でなにを受け入れるべきなのか、まだ整理がついてない話だと思いますが。

山本:そうですね、今日のメインテーマに「倫理」というキーワードがありました。たとえば新しいメディアやテクノロジーが登場するときには、いつも同じ流れをたどると思います。最初はさまざまなプレイヤーが介入していろいろなものをつくり、次第に秩序を大事にしよう、モラルを守ろう、倫理を大事にしようという声が挙がってくる。建築などあらゆる産業でこうした流れが起きているので、SmartNews でも NPO を支援するというお話もあり、公共性を重要視していますし、櫻田さんからはインフォグラフィックで記名制にというご意見もありました。

(2016年2月20日@ amu )

続きは4/6 フィルターバブル時代を生き残るためのリテラシー

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