EVENT REPORT

メディアの信頼性を模索する ―― World IA Day 2016 Japan (Tokyo) vol.4 1/6

【スピーカー】櫻田潤、松浦茂樹、坂田一倫 、長谷川敦士

【モデレーター】山本郁也

EVENT REPORT

メディアの信頼性を模索する ―― World IA Day 2016 Japan (Tokyo) vol.4 1/6

【スピーカー】櫻田潤、松浦茂樹、坂田一倫 、長谷川敦士

【モデレーター】山本郁也

2016 年 2 月 20 日(土)、amu にて World IA Day 2016 東京が開催されました。今回のグローバルテーマは「 Information Everywhere, Architects Everywhere 」、そして日本では「いまフィルターバブルを考える、これからの IA の役割とは」とローカルテーマを題してさまざまなプレゼンテーション、議論が行われました。ログレポート最終回はオープンディスカッション「フィルターバブルと企業倫理」です。当日の発表者の長谷川敦士氏、櫻田潤氏、松浦茂樹氏に加え、Medium 日本代表アンバサダーの坂田一倫氏と、IAAJ / HEAD 研究会 フロンティア TF 副委員長の山本郁也氏が登壇しました。

※このセミナーは 2016年2月に行われたもののため、文中の数字やサービス構造等に関しては、最新ではない可能性がございます。

OVERVIEW

2016.02.20(土)

スピーカー:
櫻田潤、松浦茂樹、坂田一倫 、長谷川敦士
モデレーター:
山本郁也

INDEX

  1. メディアへの不信感は、パーソナライズを助長する
  2. 情報は、記名制によってあるメッセージをもつ
  3. 情報発信におけるブランディングの方法論
  4. 信頼性をどう保証するのか?

メディアへの不信感は、パーソナライズを助長する

山本:今回の World IA Day Japan のテーマはイーライ・パリサー氏の著書『閉じこもるインターネット』で提起された「フィルターバブル」です。厳密には、たとえば松浦さんが編集長の SmartNews は、イーライ・パリサー氏が定義する「パーソナライズされていることに気づきさえしないフィルターバブル」とはちょっと違う立ち位置ですよね。ですが、人びとの認識に関わるネットメディアの立場から、今後のネットメディアの役割をお聞きできればと思います。たとえばマスメディアとの違いなども含めて、いかがでしょうか。

櫻田:ぼくは純粋にメディアに属していたことがなく、読者としてメディアに接する時間のほうが長かったんですね。いまようやく NewsPicks で発信者側に立っていて、なるべく読者側だった当時の感覚も忘れないようにしています。読者の感覚としてあったのは、この意見はだれの意見なんだろうとか、情報ソースどこなんだろうといった、不信感のようなものです。 Twitter やはてなブックマークなどでのコメントも、あまり建設的じゃないなと思うことがありました。やはり広く情報を伝えるとともに、前向きな議論につなげていくことが、今後のメディアの役割として重要だと考えています。

パネルディスカッション

松浦:私もネットメディアには 10年ほど関わっていますが、純粋なつくり手の立場にいたことはほとんどありません。前職は肩書きとしては編集長ですがあくまで職務としてパブリッシャーをしているという意識でいました。なので櫻田さんと同じく、学生時代も含めて読者側の気持ちを忘れずにいます。先ほどのプレゼンテーションでもお話しましたが、発信者側に立ったときに大事なのは、自分がつくり手であることを忘れることです。つくり手の思いだけで、これみよがしなことばかりをやっても、それが本当に人に求められているかというと、違う部分もあると思うんですよね。コンテンツは、人に読んでもらってはじめて生きるので、読者としての視点を大事に持ち続けることが必要です。マスもネットもテレビも、どんな小さなメディアであっても多くの方々に読んで欲しいです。
ただ、もしもメディアがなにかしらのフィルターを持っているとするならば、だれかに読んでもらうにあたって、根本には信頼性があるべきです。たとえば NewsPicks や SmartNews を、まったく信頼せず、よくわからないままで読んでいたら、果たして読者の心に届くでしょうか? マスメディアも含めて、ある程度の信頼性は担保すべきです。そしてメディアに対する信頼が深まるほど、逆にフィルターを感じさせないことが重要なのです。

山本:櫻田さん・松浦さんともにメディアの信頼性に言及されましたが、まさにユーザーの不信感がパーソナライズを助長しているように感じています。メディアに対して不信感があると、やはり自分の身近な人の意見のほうが信頼できる、となってしまう。なので、お二人がおっしゃったようにメディアとして信頼性をいかに確保するかは重要です。

情報は、記名制によってあるメッセージをもつ

山本:長谷川さんはいかがですか?

長谷川:たとえば明日、「ニュース長谷川」というメディアを立ち上げても信頼されないでしょう。信頼に至るまでには、いわゆるブランドをつくっていくプロセスがある、ここまではふつうの話です。ただ、櫻田さんが読者側の立場として「不信感を持っている」というのが興味深いですね。実は今回の World IA Day 2016 Japan は、いわゆる Web 業界でサイト制作サイドとは異なる立場から、フィルターバブルを論じるという企画です。そこで櫻田さんにオファーしに行った際、印象に残った話がありました。現在、基本的にインフォグラフィックスは無記名ですが、櫻田さんは記名制にすべきだとお話されていたんです。インフォグラフィックは情報を編集しているものだから、クレジットを入れて、その人の責任でつくったものであると示すべきだと。
この話を聞いたときにおもしろいと感じたのは、逆説的にもしほかの人がつくったら、ほかのつくり方になることを暗にメッセージングできることです。名前が書いてあるということは、自然に生まれたものや客観性が担保されておらず、あくまで主観的なものだとメッセージングできて、かつ、そこにクレジットがない場合にはそのインフォグラフィックの制作者がなんらかの理由で記名を拒否していることを示せます。つまり、この編集の意図の片棒を担ぎたくないから、自分の名前は書きたくないよ、というようなネガティブな理由での拒否かもしれません。ポジティブに、自分もこの記事の主張に賛同すると思えば、記名するはずです。このように読者は、クレジットからメタメッセージを受け取れます。

パネルディスカッション

さらにいえば、たとえクレジットがあっても初見の名前では、そのインフォグラフィックが信用に足りるかどうか判断できません。あるいは、記事を書いた人が信頼のある人でなければインフォグラフィックをつくった人も信頼できるかどうか情報の受け手は判断できません。結局のところメディアは、いかに信頼されるかという問題がつねについて回ります。一方的に「私は信用できるので信用してください」といくら言っても信用されない。なので記名制は「メディアが信頼に値するようになっていくための手続きとして、効果的な方法の一つではないか」と櫻田さんのお話を聞いていて思いましたし、ぼく自身がそうした観点を持っていなかったので、印象的でもありました。どちらかというと、記名制についてはメディアの信頼獲得よりも、情報をデザインするデザイナーの責任の取り方というか、倫理の観点から議論すべき話なのかもしれませんが、いま櫻田さんがメディアの役割とは? と問われたときに、まず「不信感」というものを想起されたのがおもしろかったです。

櫻田:記名制について、今日プレゼンテーションで話そうと思って忘れてました(笑)。まず記名しただけじゃダメですよね。たとえば新聞記事に鈴木さんという記名があったとしても、鈴木さんがなにをしている人なのかまでわからないと信頼できません。一方、ネットメディアでは基本的に記者の記名があればその人の Twitter をみられるので、どんなことを発信している人なのかという部分で判断できる。
なので、ぼくは自分でつくるインフォグラフィックには記名しますし、Pick (= NewsPicks 上でのライク、リツイートのような機能)も頻繁にしています。読者には、記名と Pick のセットでみてもらうことで、普段どういうことを言っている人間がつくっているのか知ってもらい、判断を委ねる。それに対して、「聞きたくない」「話半分に聞こう」「全部聞いてみよう」など、どういった判断をしてもらっても構わないんですが、このように記名性と日々の発信はセットであるべきかなと思っています。
また、読者の閲覧環境がモバイル・ PC どちらなのかも重視しています。長谷川さんもおっしゃっていたように、Google は情報自体の関連性をベースに構成されている一方で、 Facebook は人と人との関係性をベースにして、情報自体ではなくコミュニケーションに重きを置いています。モバイルは、その利用シチュエーションを考えると、どちらかといえば  Facebook のほうがフィットするように感じます。モバイル利用の際にメディアとして本質的な価値があるのは、たとえば  NewsPicks でいう記事のような情報自体ではなく、その記事に対してのユーザーとのコミュニケーションや、だれがなんと発言したのかとか、そうしたものだということです。これが従来のメディアとは違うポイントであり、モバイルが主流となったのは、メディアのあり方を変える大きな転換ですね。

情報発信におけるブランディングの方法論

松浦:これまで複数のメディアを運営した経験からいうと、ブランディングの方法論について、やはり単純に情報を発しているだけでブランドが世の中に浸透するかというと、そうではありません。これは 1 つの方法論ですが、「考えさせる情報を発信すること」が有効だと思います。考えて悲しくなったり驚くという人の感情、喜怒哀楽に訴えかけていくことです。悲しくなって、そのあとどうするのか? 驚いたら、その次になにをするのか? こうした次のアクションを誘発させるようなことが言えるかどうか。
言い換えれば、それぞれの読者がもともと自分のなかに持っていなかった、思っていなかったことをいかに情報として発信していくかです。それを考えさせて「ああ、そうなんだ」「いや、ちがう」とアクションを誘発します。ちがうというアクションでもよくて、「あ、でもこの角度もあるんだね」というアクションを積み重ねていくことで、信頼を得ていく道筋もあります。「全然違う」というのは不信感になり、不信感が積み重なるとその枠から出てこなくなる。だからこそ、個人の発信の小さな積み重ねが信頼されるブランディングにつながってくると考えています。

山本:信頼されるブランドづくりについて、坂田さんはいかがですか?

坂田:まさにいま運営している Medium はローンチして3年ほどと歴史が浅いので、ブランドとして未熟なので試行錯誤中です。信頼できる情報を提供するメディアになるための、ブランディングの施策として 3 つほど考えています。1 つ目がセレンディピティー。まず、Medium は読者自身がいままで張っていた網にかからない情報が得られるネットワークであると掲げています。そのた Medium のアカウント開設には Twitter と Facebook のアカウント認証が必要で、さらに Medium のアカウントを介して、書き手同士が次々とつながっていきます。コンセプトとしては、書き手と書き手、書き手と読み手をつなげる「プラッテシャー」です。プラットフォームかけるパブリッシャー、ライターということで「プラッテシャー」と呼んでいますが、情報提供のスキンを独自に構築できていると思っています。
2 つ目はストーリーです。PR やブランドの部分で強みにしていきたく、Medium ではストーリーを大切にしています。Medium の場合、ストーリーを担保するものは、コンテンツを創造するときのインターフェイスやプロダクトだと思っています。Medium はほかのブログサービスとは違って装飾が一切なく、ホワイトキャンバスにテキストを打って以上、というシンプルなユーザー体験を提供しています。そのため、ライターはテキスト、言語のみで勝負していくことになる。それは、言語でしか表現できないストーリー性、もしくは言語のみと限定された環境のなかでストーリー生み出すための創造性の後押しをしています。Medium ではこうしたストーリーを介した信頼度を構築できていると思います。
3 つ目は情報のミニマム表示です。Medium ではストーリーをだれが、いつ書いたのかといった情報を最低限にとどめて表示しています。まずコンテンツのタイトルと中身があり、いつ書かれたか、どれだけシェアされたかといったシェアに関する数字の表示も一切なく、作成日もつねに小さく表示している。ただ試行錯誤はあって、ストーリーを書かれた著者への興味がきっかけで Medium をはじめる方や読者になる方も多いので、Medium の立ち上げ初期は、今以上の情報を表示してユーザーを増やしていきました。現在では Medium に掲載されている情報の信頼度に魅力を感じてはじめる方が多いので、そういった情報は最小限にし、本来の Medium が押し出すべき価値に近づいています。

パネルディスカッション

山本:Medium と SmartNews はコンテンツを重要視していますよね。松浦さんのお話にもあった通り、可能性があるものはすべて良質だと考えて、すべてのコンテンツを平等に扱っているわけですよね。

松浦:そうですね。

山本:そういう立ち位置は NewsPicks とは違うように思いますが、櫻田さんはいかがですか。

櫻田:NewsPicks 全体というよりもぼくの個人的な意見として聞いていただきたいのですが、NewsPicks は人を重視している、人にフォーカスしたサービスだととらえています。ふだんコメントしたり記事を集めてくれる人の存在が第一にあり、そのほかに編集部とビジュアルコンテンツをつくるチームがありますが、ぼくは編集者たちには「もっと外で目立ってよ」とオーダーしています。だから今日もこの場に招いてもらいましたが、そういうことをもっとほかの編集者たちも行い、信頼を得ていこうよと思っています。そういった意味で、書き手やコンテンツのつくり手としての人を押し出していくべきだというのがぼくの意見です。

信頼性をどう保証するのか?

山本:さきほどのインフォグラフィックの記名の話を興味深く聞いていたのですが、一般的な記事であれば、ライターの氏名やプロフィールは載っていますよね。インフォグラフィックにもそうした記名性を適用しようというお話で、その際にユーザーはそのインフォグラフィックのつくり手の Twitter のアカウントをみて判断できると言われてましたが、そうするとしだいに「Twitter アカウントがないやつは信用できない」という本質的でない話にもなってくる気がします。プロフィールにしてもいくらでも書きようがありますし、その信頼性をどう保証するのかが気になりました。

櫻田:まず NewsPicks の場合は NewsPicks 上のコメント部分からすぐにプロフィールがみれるので、Twitter など外部サイトへ飛ばなくも OK です。そのため、ほかのメディアよりも記名性とその発信がセットでできている場かなと思っています。
プロフィールの信頼性の担保のためにも発信と記名をセットで扱うことを重視していて、たとえば、ぼくが書いた記事は著者であるぼくのコメントがコメント欄の一番上に出るしくみになっている(2016 年 10 月より仕様変更のため、表示順序の一番上への固定はなくなりました)。なので、記事を公開した際に「この記事の主張は一つの切り口でしかないですよ」というようなコメントとセットで読者にみてもらえます。こうしたアルゴリズムで、信頼性を担保していますね。

山本:記名だけじゃなくて、ほかの情報もセットにして読者に判断してもらうということですね。

パネルディスカッション

櫻田:はい。ただ、たとえば自分が書いたものだけにコメントしていると、そいつは信用ならんと思います。自分の記事をみてほしいというアピールは一般的ですから。やっぱり、その著者がほかの記事に対してもいろいろな意見を言っているのが大事だと思います。

長谷川:いかに信頼してもらうかは、実はゲーム理論という理屈の中で一応形式化されていて、二者がどういう打ち手を取るかのコミットメント問題という言い方をされています。たとえばある状況下において「私があなたの敵じゃない」ということを証明するにあたり、どういう打ち手を取ればそれが正当化されるかという問題として一般化されている。先ほど行動経済学について触れましたが、実はその話が現実世界ではむずかしすぎて、演繹的に考えてもなかなか解が得られない。そこで、そういうものを模索するために生まれたのが人間の感情だという考え方があります。感情が生まれた理由は、行動経済学の一つ手前の、どう機能するかという話ではなく、なぜ感情なんていうものが人間にあるのか? という話の際に、実は信頼される方策をみつけるためだという考え方もあるのです。
さて、さまざまな方法論が挙りましたね。信頼性の保証の仕方としては、まず SmartNews の場合はニュース内容に対しての信頼性には関与せず、ニュースソースのクレジットが間違っていないと担保する形ですよね。

松浦:そうです、各媒体のクレジットが信頼性を担保しています。

長谷川:あまねく情報を引っ張ってきているという機能面での信頼性の担保ですよね。あえてどこか一部分にウェイトをつけてみないようにするとか、トラブってしまってどこかごっそり抜けていた……といったことが起こり得ない、システム面の担保によって、信頼性を獲得しているわけですよね。

(2016年2月20日@amu )

続きは 2/6 メディアの責任とは

【そのほかのプレゼンテーション、ディスカッション】

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