EVENT REPORT

少しのことばと絵で伝えられること ――きむらゆういち×石戸奈々子 1/3

【ゲスト】きむらゆういち

【聞き手】石戸奈々子

EVENT REPORT

少しのことばと絵で伝えられること ――きむらゆういち×石戸奈々子 1/3

【ゲスト】きむらゆういち

【聞き手】石戸奈々子

「きむらゆういち試行錯誤作品展」(5月20日~25日)の開催を記念し、絵本作家・きむらゆういち先生とCANVAS代表・石戸奈々子さんのトークイベントを行いました。
『あらしのよるに』など作品の制作裏話とともに、絵本にしかできない「伝える力」についてお話頂きました。

OVERVIEW

2016.05.25(水)

ゲスト:
きむらゆういち(絵本作家)
聞き手:
石戸奈々子(NPO法人CANVAS理事長、株式会社デジタルえほん代表取締役、慶應義塾大学准教授)

INDEX

  1. 絵本ならだれでもつくれる
  2. チャレンジをする理由
  3. オリジナリティは日常にある
  4. 構成は第三者の視点で
  5. 本は読者とつくる生き物

絵本ならだれでもつくれる

石戸:「少しのことばと絵で伝えられること」トークイベントをはじめたいと思います。私は、子ども向けのワークショップを展開するNPO法人CANVASの代表をしております、石戸です。今日はきむらゆういち先生の聞き手としてこの場所に座らせて頂きます。
きむら先生、よろしくお願いします。

きむら:よろしくお願いします。

石戸:きむら先生との出会いは、私たちが開催する「デジタルえほんアワード」の審査員をお願いしたところからです。その審査開場がここamuで、きむら先生のご自宅からも近いですし、ここいいな、といって amu としてははじめて展覧会を開催することになりました。

きむら:展示にピッタリでした。

石戸:ありがとうございます(笑)。おかげさまで、今はいろいろなところから声をかけてもらっています。はじめ、この作品展のために先生が40作品書き下ろしてくださるとおっしゃっていたのですが、なんと、87作品も描いてしまったんですよね。

shikousakugoten きむらゆういち「試行錯誤」作品展の様子

きむら:そうなんです。オープニングパーティーをやったら、200人以上来てこりゃいっぱい描かないといけないと思いました。書から陶芸まであります。

石戸:書と陶芸は今回が初チャレンジですよね。オープニングパーティーでは、『かいけつゾロリ』の原ゆたか先生から「なんでこんな一銭にもならないことをきむら先生は一生懸命やってるんだ」という、ありがたいごあいさつも頂きました(笑)。

きむら:ただでさえ締め切りでめいっぱいなのに、締め切りのないことをどうやってこんなにできるの? っていうね。

石戸:私はきむら先生の絵本で育って、絵本作家と認識していたんですが先生はご自身のことを「ストーリー作家だ」とおっしゃっています。今日は「少しのことばと絵で伝えられること」ということで、「ストーリー」に焦点を当てて、ストーリーのつくり方、ストーリーを通じた絵本のつくり方についてお話ができると嬉しいなと思います。
先生は「絵本はだれでも描ける」とおっしゃっていますが、先生、本当にそうなんですか?

きむら:絵本はだれでも描けるでしょう。だって、絵と文を書けばいい。売れるかどうかは別です(笑)。でもそれを別にすれば、だれでも描けますよね。

石戸:先生は絵本を、身近なものだとおっしゃっていて、たしかに子どもができると、子どものために絵本を描いてみたいという気持ちが芽生えるお母さんの話は、よく聞きます。私はきむら先生の作品との最初の出会いは、工作の絵本だったんです。工作の絵本からデビューされて、なぜ絵本作家になったのか、その辺の話からうかがってもよろしいですか。

きむら:はい。工作の絵本は、アイデアを1ページに1個出しますよね? そうすると、全ページにそれぞれアイデアを出さないとダメです。何十個もアイデアを出して1冊なんです。でも絵本は1個のアイデアがあれば1冊です。

石戸:たくさんのアイデアを出すのが面倒くさいから絵本にシフトしたということですか(笑)。もともと絵本作家になりたかったわけではないということでしょうか?

きむら:ものをつくることがしたかった。だからものをいっぱいつくること、工作は今でもやっています。

石戸:そうですよね。今回のイベントの受付に置いてある、アンケートを書いてくださいというロボットをつくったり、展示している絵画にもロープのしかけがあったりするんです。こういうのは工作をやられていたきむら先生ならではの作品だと思います。

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ロープのしかけがある作品

きむら:工作は、当たり前だと思っていたらなにも生まれないんです。たとえば、紙コップはなにかを飲むものですよね?こんなカタチをしているから、水は漏れないし。じゃあここに顔を書いたらどうだろう、とか。固定概念を壊すことでいろんなものが生まれるじゃないですか。

石戸:たしかに、同じコップでも違う見方をしてみるということですね

きむら:あとは、たとえば鶴の折り紙を考えた人がいて、それを娘に教えるとします。次にその娘が、近所の子に教える。どんどん広がっていって、作者がいなくても伝わっていくものになっていく。工作は教えた人を飲み込んでしまうんです。
だけど、たとえば、ピカソの絵や絵本作家の田島征三さんの絵はその人の味と匂いで表現している世界です。憧れますよね。

石戸:ああ、そういうことだったんですね。絵本に進んだきっかけは。

きむら:うん。鶴の折り方を考えれば、もう自分がいなくてもいいわけだけど、その人でなければ絶対ダメという世界もいいじゃないですか。

石戸:自分の表現として、いつまでも残る。

きむら:そうそう。工作との違いは、味と匂いがある。

チャレンジをする理由

石戸:じゃあ、もともと好きで工作をしているうちに、絵本の世界に憧れを持ちはじめ、絵本作家になったということですか。

きむら:そうじゃないんです。飯を食うために、とりあえず手っ取り早く最初に小学何年生』の付録のアイデアをやったんです。それをやっているうちに、夏休み工作図鑑の考案をしました。じゃあそれで本ができるんじゃないといって工作の本をつくり、徐々にストーリーのあるものになりました。だんだんとしかけのある絵本になっていったんです。なんといいますか、横すべり作家というか。

石戸:横すべり作家。はじめて聞きました(笑)。

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きむら:横すべり作家のいいところは、つねにずっと収入があることです。だから僕は一度も売り込んだことも、賞に応募したこともない。ずっと仕事をしながらここまできたんですが、人間って最初についてしまった印象が大きいじゃないですか。工作をする人が、いきなり文学をやったという印象をもたれてしまいました。最初のイメージって強いですよね。芸能人で絵を描く人がいますが、芸能人の印象が強いと、その人の名前が邪魔になって、素直に絵をみれないことと同じだと思います。

石戸:イメージを変えることがなかなかむずかしい。でも、今はもう工作をやられていた方だとご存知ない人たちも多いんじゃないですか? 知ってました? 

(会場挙手)

石戸:やはりそんなに多くはないですね。絵本作家としてのイメージがついているんですね。

きむら:あとね、『あかちゃんのあそびえほん』と『あらしのよるに』が同じ作者だと知らない人が多いです。

石戸:雰囲気が全然違いますからね。

きむら:はい。ですね。でも本当はなんでもやりたいんです。

石戸:今回なんでもやりたいというのが表れていますよね。書や陶芸の展示はきむら先生のファンからすると「えっ」と思うかもしれないですが、まさにこの展覧会から「次のチャレンジ」をしたいと先生はおっしゃっていて、「次のチャレンジ」がここら辺に表れてるのかな、と思いました。
私がとにかくびっくりするのが、絵本の数もすごく多いですよね。500作くらいですか?

きむら:『はんぎょどん』の絵本から小説からコミックの原作から保育園の壁面構成のつくり方、人形劇までなんでもやります(笑)。それで、全部で650作くらいです。

石戸:それがすごいなと思います。その発想の源、どういうところからストーリーのアイデアは生み出されるんですか。

きむら:断るのが下手なんですよ。だから頼まれるとやっちゃうんです。

石戸:今回は頼まれなくてもやりましたけど(笑)。

きむら:そう(笑)。頼まれることだけやってると前進しないじゃない? つまり、今までの僕のイメージで頼むので、その枠からははみ出ない。だからこういうことをやらないと、次に進むことができない。

石戸:普段、頼まれ仕事で忙しくなってしまうからこそ、自分からのチャレンジとしての展覧会をひらいたということですね。

きむら:こんな絵を描くぞ、というのをやらないと枠を破れないかなと思いました。

オリジナリティは日常にある

石戸:私は先生がこれだけ多作な理由のひとつは先生がおっしゃられている「日常生活の中にオリジナリティがある」ということなのかなと思います。日常生活というと一般的にはそこに特殊なものはないというイメージですが、もしかしたらそれが多作になる秘訣なんじゃないかなと思います。日常生活にオリジナリティがあるとはどういうことでしょうか?

きむら:日本で年間、子どもの本は約3,000冊でているんです。毎日書店の児童書の棚に10冊来るわけです。そうすると、10冊返されちゃうんです。児童書って30年前の本もあるんです。新しい本の枠って2割くらいしかないです。それに日本だけじゃなく外国の本も並んでいる。ものすごい数のストーリーがあるわけですよね。だからこれからの作家さんは、そのどれとも似ていない、オリジナルを出さないと存在できないんです。

石戸:そうですね。「過去のあれと似てる!」とか言われちゃいますからね。

きむら:そう。「あれとそっくり!」と言われないために、そっくりじゃないものを毎回毎回つくり続けなきゃいけない生活するために。どうやったら今までと違うものをつくって残れるかというと、今までの本をすべて読んで、違うものを考えるというのは無理ですよね。2015年もおよそ3,000冊出版されている。一昨年もそうです。30年前の本も売れている。その中で新しい本を全部読んで、海外の本も読んで、それらとは違う本を考えようとしたら嫌になっちゃうでしょ?(笑)。

石戸:そうですね。描く前に人生が終わっちゃいますね。

きむら:僕、ほとんど絵本を読んでないんです(笑)。

石戸:絵本を読んでいないというのが、衝撃でした(笑)。

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きむら:『ぐりとぐら』も読んでないし、『不思議の国のアリス』はディズニーの映画でみました(笑)。よい読者と、よい作家は違うんです。
どれだけ作家がいて、どれだけ絵本をつくっても、自分だけが自分の日常を体験しています。たとえば、だれかと一緒に旅行をします。雨が降ってきたら、「あ、やばい。雨だ」と思う人もいれば、「ああ、雨だ。ラッキー!」と思う人もいる。同じ経験をしていても、思い方が違います。それまで生きてきて、いろんなもので思い方が違うんです。だから自分だけの日常にスポットライトを当てれば、何千冊何万冊の本と違うアイデアが生まれる。

石戸:なるほど。日常こそが本人だけの体験であるオリジナリティがある場所だということですね。

きむら:そうです。そこに宝物が埋まっている。あとはおもしろいものさえみつければいいわけです。

石戸:その一方で、最近インターネットが広がって、みなさんブログなどで自分の日記を書きます。それも個人の体験ではあるのですが、必ずしも面白いわけではない。だから、日常をただ伝えるだけでは、オリジナリティはあるかもしれないけれど、みなさんに愛される作品にはならないですよね。

きむら:そこがプロとアマの違いだと思います。でもみんなに迎合しようとしておもしろくつくられたものを読みたいかというと、あんまり読みたくないですよね。だからといって自分の一番やりたいようにつくった本というのも、昔よく「私の詩集」なんていう本を、自費出版でつくったから読んでと言われましたが……なかなかね。でも、わざわざ予約してまで買って読みたい本もあるわけです。その違いはなにかということですよね。

石戸:それを知りたいんです!

きむら:はい(笑)。

構成は第三者の視点で

きむら:まず本とは、自分の「作品」で自分の思いが入っています。これは主観です。でも裏をみると値段がついていて「商品」と呼ばれる。これは客観です。本は「作品」と「商品」が裏表なわけです。そこで編集者は、作家の思いを聞き、商品として成り立つようにしますが、作家もプロとなると読んだ人がおもしろくなるように、はじめから主観と客観を意識して書くわけです。

石戸:主観で書いたら、一歩ひいて第三者の目でみるということを交互にやっている感じですか?

きむら:読者ははじめてそのストーリーを読んでいるわけです。そうすると、こういう風に書きたいけれど読者の気持ちを考えたら、ここで「犯人だな」とわかるとつまらない。だから読者のことを考えて、犯人はすごくいい人に書いておけば後でどんでん返しが起こったときに……ということを計算できる。そうやって客観的にみながら書くのが、作家の客観だと思います。

石戸:自分の中に既に全部ストーリーがあるけれど、どういう順番にみせていけば第三者がおもしろくなるか考えるということですよね。

きむら:そこが構成のプロの技っていうかね。で、構成1つでお話が全然変わっちゃいますから。おもしろくもできるし。

石戸:今の話は、構成、ストーリー転換の順番を、第三者的な視点を入れることによっておもしろくするというお話かなと思います。
別の視点から、きむら先生の『ぼくだけのごちそう』をすごくおもしろいなと思いました。ストーリーはもちろん、最後の先生の「あとがき」が非常に勉強になったんです。まずどういうお話かというのをきむら先生に説明して頂いてもいいでしょうか? 

きむら:ごちそうを手に入れた主人公はみんなにとられたくないので、穴に埋めてしまいます。隠したけれど、待てよ、どこに埋めたかわからなくなってしまうという心配があって立て札をたてます。これでもう大丈夫だろうと安心する。でも立て札に「ごちそうこのした」と書いたら当然みんなにわかってしまうので、そうだ、「ごちそうこのした」の立て札をいっぱいつくればみんながわからないだろうと思って、いっぱいつくります。このくらいつくれば誰か来てもみつからないだろうと思ったら、どの「ごちそうこのした」が本物かわからなくなるんです。そこで全部掘らなきゃいけなくなって友達も来て手伝ってくれて、やっとみつかりました。そしたらみんなちょうどお腹が空いて、みんなでごちそうを食べて、おいしいものをみんなで食べるのは楽しいなといって終わるというお話でした。

石戸:ストーリー自体はすごくシンプルですが、最後に先生の「あとがき」があって、 1 つのことに集中するとむしろみえなくなってしまうこともあるよね、下心でやったことが、結果として自分にとっていいことになる、評価が上がることがあるよねということを描きたかったんだと書かれていました。先ほどまでは作品を第三者的視点でみたときに、どうおもしろくするかという話だったんですが、この絵本はみんなが「あ〜! それ、あるある!」と思うことを発見することですよね。みんなが持っている心の中の「あるある」を探し出してストーリーにするのが上手というきむら先生の側面も、「日常」の中にあるのかなと思いました。

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きむら:『オオカミのごちそう』という田島征三さんとつくった本があります。田島さんは今までだれも考えないようなことを絵本にしようと思ってきた。僕に「だれの心の中にでもあるものを絵本にするということを教わったよ、僕の尊敬する絵本作家だ」と言ってくれました。嬉しかったです。
だれの心にもあるものが、日常生活。中学生のときに、化学の実験でプリズムというものを使いました。光を当てていろんな角度からみると、景色が違ってみえる。こんな風に日常生活に光をあてて、角度を変えてみると実はすごくおもしろいストーリーが隠れているんです。

石戸:しかもそれがおもしろいだけではなくて、普遍的ななにかがあるというところに、先生の絵本が1,000万部売れちゃう秘訣があるのかなと思います。みんながこれを読んだときに、ホッとできたり、そうだよねと共感できる。

きむら:たとえばお笑いの「なんでだろう〜なんでだろう〜」のネタや綾小路きみまろさんの「昔なんとか今なんとか」というネタも、日常生活をうまく扱って、プリズムを当てて、すこし違う角度でみてみようということですよね。人はそこに共感を覚えて笑うんです。だから日常生活には人の心を揺さぶるのがいっぱい入っているのかなと思います。
みなさん自分の日常は自分だけのものを持っている。実はみんな金鉱を持っていて、掘っていないだけです。そこにおもしろいネタがあるんじゃないかと思います。

本は読者とつくる生き物

石戸:それから、先生の絵本はすごくメッセージ性があるように思えますが、先生はメッセージ絵本が嫌いだとおっしゃっていましたよね。

きむら:たとえば「地雷をなくそう」というメッセージ絵本を友達からもらうと、読まなくてもわかっちゃうじゃんと思って読む意欲がなくなってしまう。「森を守ろう」という本をつくらなくても、メッセージにすれば、本をつくる為に木を切らなくて済む。メッセージをいうためにわざわざ絵本をつくる必要はないと思います。

石戸:先生は「少しのことばで伝えられること」という、直接的なメッセージではなく、少ない言葉で感じさせるということにチャレンジされているわけですよね。

きむら:そうですね。絵本だけでなく本はある意味で生き物です。人と一緒で、会う度に違う。たとえば『あらしのよるに』を5歳のときに読んだら、ヤギとオオカミの話だとふつうは思います。でも大人になってみると、これは男女の話かなと思う。人によっては同性愛かなと思う。天敵同士だしもしかして国と国の違いかなと思う。いろんな取り方ができて、その度に得るものがあるのがいい絵本だと思います。1つのメッセージだけだったら終わりじゃないですか。
それに絵本には半分しか描かれていないんです。半分は読み手がつくっている。つまり文字と文字の間を読み手が補完しているんです。だから本は古くならない。20年前の本は半分を20年前の人がつくっているけれど、20年後の人が半分をつくってもいる。つねに新しいものが半分入っているわけだからずっと続いているのかなと思います。

石戸:なるほど。きむら先生は絵も文章も書くときがあれば、文章だけや絵だけのときもありますよね。それでいうと、絵で伝えようとしていることと文章で伝えようとしていることをどういう風に分けているんでしょうか?

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きむら:僕は大学が絵画科だったので絵をずっと描きたいと思っていた。でもなかなか絵を描ける絵本作家になるのが難しくて、今回の展覧会が第一歩で、これからもやろうかなと思っています。
僕はまずストーリーやしかけで売れてしまったんです。本当は田島征三さんやあべ弘士さんのような自由な絵を描きたかったんですが、ああいった絵でしかけ絵本はなかなかできない。しかけは、計算してつくるので、本当は思いのまま、筆がそっちにいっちゃったからこうなっちゃったくらいの絵が描きたかったんですが、それがむずかしい。で、どうやったらそういう絵本が出せるかなと思っていました。そのうち、忙しいし田島さんに頼めば早いや、あべさんに頼めば早いやって思うんですが……。

石戸:自分が描かなくても(笑)。

きむら:そう。頼むのも楽しいですよ。どんなものができてくるのか、想像以上のものもあれば、ちょっと違ったかなということもあります。あんまり大きい声じゃ言えないけども(笑)。そういうコラボの楽しさでずっとやってきました。でもこれからは、自分でも描きたいなというのもあって今回の展覧会をひらきました。

 (2016年5月25日@amu)

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