EVENT REPORT

つくり手が活躍する場をつくるために
――「肩書きはまだないvol.4」レポート2/2

【ゲスト】内沼晋太郎

【聞き手】土屋綾子、神谷衣香

EVENT REPORT

つくり手が活躍する場をつくるために
――「肩書きはまだないvol.4」レポート2/2

【ゲスト】内沼晋太郎

【聞き手】土屋綾子、神谷衣香

ここ数年で、さまざまな仕事の価値観に出会うようになりました。このイベントでは、肩書きという枠を超えて幅広く活動する人たちをゲストに迎え、仕事に対する考え方や、その原動力などに迫ります。
シリーズ第4弾のゲストは、下北沢の本屋「B&B」の内沼晋太郎さん。「B&B」の立ち上げのお話から、最近話題となった映画配給について、さらに仕事全体に対する考え方までうかがいました。

OVERVIEW

2016.01.22(金)

ゲスト:
内沼晋太郎
聞き手:
土屋綾子(株式会社コンセント)、神谷衣香(amu)

本レポートは、内沼さんとamuにより当日のトーク内容に加筆修正等の編集を施したものです。当日ご参加いただいた方も、ぜひご一読ください!

(トーク前半の模様はこちら→「分類しづらい本のような存在になりたい」

(写真=後藤武浩)

この人に誘われたら100%断らないと決めていた

神谷:numabooksとしての具体的な活動というと、どのような感じでしょうか?

内沼: 書店やライブラリなど本のある場所のプロデュースやコンサルティング、選書などの仕事と、編集やメディアづくりの仕事が主です。「本とアイデアのレーベル」と言っていますが、本にまつわるものを中心に、必ずしも本に関係なくとも、自分にいただいた仕事であればなんでもやるという感じですね。それと並行して「B&B」を経営しています。

神谷:「B&B」はどういった経緯ではじまったのでしょうか?

内沼:2009、2010年ぐらいに、博報堂ケトルの嶋浩一郎さん(現、B&B共同経営)と知り合って、よく飲みに行くようになりました。そのうちに電子書籍端末のプロモーションなど、本にかかわる仕事をいただき、ご一緒するようになったんです。とある印刷屋さんのWebサイトで、未来の本屋さんのアイデアというテーマで、ぼくと嶋さんが対談したこともありました。3時間ぐらいずっと嶋さんといろいろ言い合って、30本ぐらいアイデアを出した。後から気がついたのですが、その中に「ビールが飲めたらいいんじゃないか」というアイデアもあったんです。そのときはまさか、実際にビールを出す本屋を2人で経営するとは思ってもいませんでしたが。

そして2011年に、雑誌『BRUTUS』で「本屋好き。」という特集号をつくろうという際に、『BRUTUS』編集部さんから嶋さんと一緒に声をかけてもらったんです。嶋さんもぼくも本屋がすごく好きで、日本全国のいろいろな本屋についてある程度知っていたので、取り上げる本屋のリストアップから携わりました。本屋を300軒ぐらいリストアップして、そこから絞り込んで取材にもたくさん行ったのですが、ちょうどその打ち合わせをしていたぐらいのころに、東日本大震災がありました。あのときは、いろんなお店が照明を落として営業していたり、取材も少しナイーブな時期でしたが、ぼくらはいろんな本屋を回り、あらためて本屋はあるべきだし、それを成り立たせるための新しいビジネスモデルが必要だなということを感じていました。

本屋をやろう、と言ってくれたのは嶋さんです。ぼくはそのときまで、いつかはやりたいと思っていたけれど、こんなに早く店を構えるなんてまったく思っていませんでした。自分がやっていた仕事は、お店を持っていないからこそできる仕事だと、どこかで思い込んでいたんですね。いろいろな場所の本棚をつくっていたので、一つの場所にお店を構えると、自分を閉じ込めることになるのではないかという恐れがあったのだと思います。けれど、嶋さんに誘われたということは、今がやるべきタイミングなんだなと感じました。外の仕事と両立できるようにつくればいい。それで、やりましょう、と即答しました。

ちなみに、これは若い方や学生さんによく言うのですが、この人はすごいと思える人と飲みに行ける間柄になったら、「誘われたら絶対に断らない」と決めるのは、おすすめです。ぼくは当時から、とにかく嶋さんに誘われたら100%断らない。先約が入っていても調整して行く。たとえ他のすべての点においてかなわないような相手でも、フットワークの軽さという点においては勝てる。自分がどんなに忙しくなろうとも、そういう人はたいていさらに忙しいわけですから、最大限の敬意を持って本気を出して、こちらは最高のフットワークの軽さを提供するべきだと思います。

ともあれ、そうやっていろいろ一緒にやっているうちに、2人で本屋をやることになった。そうやってできたのが「B&B」です。

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毎日本屋を開いているだけでは、人は来てくれない

土屋:場所決めなども一緒にされたんですか?

内沼:そうです。最初は浅草で探していました。浅草は観光客も多いけれど、一方で昔から住んでいる人たちや商売をしている人も多くて、日本、東京の中でも相当特別の、特殊な文化がある土地です。それなのに、「浅草といえばこの本屋」と思い当たるような、代表的な本屋がないんですよね。だったら、ぼくたちが浅草に新しい本屋をつくるのはおもしろいのではと考えていました。

ところが、渋谷にある本屋「SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS」の福井盛太さんに、2人で本屋をやりますと報告に行ったら、浅草は遠いんじゃないかと言われまして。本屋は生き物だから、ぼくや嶋さんが忙しくても日常的に行ける場所につくるべきだと。確かにそうだなと思って、渋谷区か世田谷区、港区に切り替えて探しはじめました。そして、下北沢に今の物件を見つけて、すごくよかったので、決めました。

神谷:なるほど。下北沢に本屋を構えてから、そこで毎日イベントをやっていますよね。あえて「毎日」やると決めたのも、嶋さんと話していたアイデアの1つですか?

内沼:ちょうどB&B立ち上げの1年前ぐらいに、ぼくは友人と1ヵ月間毎日イベントをやる「MAGNETICS」という企画を原宿のカフェでやっていたんです。そのカフェは昼間のランチはいっぱい人が入るけれど、夜がいまいちなので、夜も盛り上げてほしいと。そこで、その場所に「磁場をつくる」というコンセプトで、1ヵ月間毎晩、トークイベントをやったんですよ。それがけっこうおもしろくて。そのときもたぶん、ぼくが一番毎日ということにこだわっていました。もともと、毎日やるとか一日中やるとか、そういうのが好きなんですよね。

土屋:ちょっと追われながらやっていくのが好き、ということですか?

内沼:毎日やっているというのは、安心感があるんですよ。やってない日がないわけじゃないですか。たとえばちょっと時間が空いた人がいて、毎日やっていれば「B&Bは今日なにをやっているのかな」と思ってもらえる。不定期だとそうはならないわけで、それは大きな違いがありますよね。もちろん毎日でなくても、関心のある人に「なにを」という情報をピンポイントに拾ってもらえればいいわけですけど、ずっとやっていれば、「今日は」というのがもうひとつのフックになる。

テレビやラジオは一日中やっているから、「今なにやってるのかな」と気軽につけるじゃないですか。毎日やるだけで人から安心してもらえる、安定したサービスとなり、その安定したものが「場」の基礎になるんです。コンビニエンスストアという「場」の基礎は、365日24時間毎日空いていることじゃないですか。それを大前提として、その上で、みんなコンビニのサービスに一定の期待をしている。

本屋も、毎日新しい本が出るので、たいてい毎日開いていることが期待されているわけです。けれど、もはや本屋はそれだけでは成り立たなくなっている。B&Bはその新しい形を成り立たせようとしているわけですから、そこに毎日イベントをやるということを付け加えることは、B&Bという「場」の基礎になるだろうと。1ヵ月とはいえ「MAGNETICS」で実際に毎日やった経験があったので、きっともう永遠に毎日できるなと思っていました。もちろん、なにも毎日やることはないんじゃないか、という意見もあるわけですけど。

土屋:やらなくていい派の意見って、どういうものでしたか?

内沼:まずは週2、3日から、という意見が多かったです。毎日と聞くと、大変そうじゃないですか。けれど実は、週2、3日やるぐらいなら、最初から毎日やることを前提にしたほうが効率がいいんですよ。イベントのある日とない日とがあると、それぞれでオペレーションが違ってしまう。イベントのない日のほうが仕事が楽、ということになってしまうと、イベントのある日にスタッフの気が重くなってしまったりして、それはゲストの対応とか接客とかにも影響します。イベントは、ゲストやお客様にとっては「非日常」であるべきですが、スタッフにとっては「日常」であるほうがいい。今日も18時半になったからそろそろ準備しよう、というルーティンにするほうが、気持ちも楽だし、質も高くなりますよね。大変でどうしてもダメだったら途中で減らせばいいので、まずは毎日やりましょう、ということに決まりました。結果としては、今は毎日どころか、土日は1日2本が基本で、まれに3本やる日もあります。無事、それが日常になったということですね。

イベントも、自分たちがつくっている商品

土屋:イベントはスタッフが企画されているそうですが、担当分があって、それは絶対埋めるというシステムになっているんですよね。

内沼:基本的にはそうです。月に40本ぐらいやっていることになりますが、月に10本企画するスタッフが3人いるんです。残りの10本はぼくも含めて店長やほかのスタッフで、月に数本やる人もいれば、数カ月に1本やる人もいるという感じで埋まります。スタッフは全員、イベントの企画ができます。それで月40本、だいたい1ヵ月半ぐらい先のイベントを決めていく感じで動いています。

土屋:その自分たちで企画しているものと、持ち込み企画もあるかと思いますが、比率的にはどれぐらいですか?

内沼:半分ぐらいは持ち込みもあるのですが、それもこちらから対談相手やイベントのタイトルを提案して、出版社さんや著者さんと一緒に編集していくような感じなので、ほぼ全部、なんらか自分たちの手が入っています。B&Bのイベントの大半は出版記念を銘打っていますが、お客様からお金をいただきますから当然、宣伝のためだけのイベントではありません。持ち込み企画であっても、出版社さんからは基本的にお金をいただかずに、むしろこちらから著者さんにギャラをお支払いする形なので、一定の人数に達しなければ赤字ですが、たくさん入れば利益が出ます。イベントもあくまで自分たちがつくって売っている「商品」なので、自分たちで企画して編集するのが当然、という考え方です。

神谷:全部自分たちでというのはかなり大変だと思いますが、「商品」として大切に考えているからこそ、多くの人に支持され続けているんですね。内沼さんはそういった場をつくるお仕事以外にも、いろいろと活動されていますよね。編集の仕事というと、メインはWebメディア「DOTPLACE」ですか?

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内沼:「DOTPLACE」は、もともとVOYAGERという電子出版の会社の自社メディアとして立ち上がり、numabooksで編集をさせていただいていました。これからの本や出版、編集などについて関心がある人に向けて、ということで3年ぐらいやってきたのですが、なかなか目に見える成果が出せなかったこともあり、やめるということになって。それで、numabooksで運営を引き継がせていただきました。そして2016年1月からは、このamuを運営するAZホールディングスさんに新たなパートナーとなっていただき、一緒にどうやって運営していこうか、いま試行錯誤しながら進めているところです。他にもいろいろ編集の仕事はしていますね。

神谷:あとBibliophilicという読書用品ブランドにもかかわっっていますよね

内沼:Bibliophilicは「本のある生活のための道具」をコンセプトにした読書用品ブランドです。ディスクユニオンの社長と意気投合して、ぼくが企画書をつくってそのまま、立ち上げのときから商品開発やブランディング、販売戦略などに携わっています。あとは昨年から映画の仕事にも関心が出てきて、『A FILM ABOUT COFFEE』というスペシャルティコーヒーのドキュメンタリー映画の配給・宣伝に携わっています。その映画の公開に合わせて『コーヒーの人』(フィルムアート社)という本の編集もしました。

映画館で映画を流す以外の価値をどうつくっていくか

神谷:映画配給というと、また仕事の幅が広がった感じですね。これはどういった経緯ではじめたのですか?

内沼:まず、出版業界と映画業界で起こっていることが似ているんです。全体の売上は下がっているけれど、出版点数も映画の公開本数も増えている。書店の数が減っているように映画館の数も減っているけれど、ある時期まで書店の面積が増えていたように、スクリーンの数は増えている。もちろん個別にはいろいろ事情が違うのですが、あえてざっくりまとめるなら、供給側が「数打ちゃ当たる」的な感じになっていて、販売側が大型化・大資本化しているってことですよね。一方、そういう中で「B&B」のような小さな新刊書店がまだ成り立つのだとしたら、近しい考え方で成り立つ小さな映画館をつくることはできないだろうか、と考えたんです。しばらく物件を探してみたり、事業計画を考えてみたりもしたのですが、そのためにまずは映画配給をしないとだめだということになって。そんな中でたまたま出会ったこのコーヒーの映画が、素晴らしかったんですね。

結局それは、リアルな場の価値をどのように再構成して収益源に変えていくか、という話になるわけです。本屋であれば単純に本を売ることではなく、本屋としての場の価値を高めることで、本を売る以外の収益源を加えていくということなので、映画館であっても同様、単純にスクリーンで映画を流すだけではなく、映画館としての場の価値を高めることで、それをいかにビジネスとして成り立つ形にしていくか、ということを考えなければならない。そう考えたときに、コーヒーという題材自体が、そういうリアルな場所の価値というものにとても深く関わっていると思ったんです。いまはコーヒーがブームみたいになっていますが、ぼくは一過性のもので終わるとは思っていなくて。インターネット以降の必然的な流れとして、リアルな場に関心が行っていて、コーヒーはその中心となる飲みものの一つなんですよ。

なぜ人がコーヒーをいろんな形で楽しんで、たとえば高いコーヒーにお金を払うのか、わざわざ遠くのカフェに行くのか。本屋をやるにしても映画館をやるにしても、さまざまなヒントがあるし、知識も得られるし、人とのつながりもたくさんできるだろう。そう考えて、やることにしました。

神谷:同時期につくった『コーヒーの人』という本は、映画と連動性があるのでしょうか?

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内沼:『コーヒーの人』をつくったのは、映画にチラッとだけ映る、けれどほとんど紹介されない、東京のコーヒーマンたちの本があるべきだと考えたからです。さらにもう一つ裏の理由があって、それは本屋と映画館とコーヒー屋さんをつないで、面で宣伝することができるから。ぼくにいくら本屋のネットワークがあっても「近くの映画館でコーヒーの映画をやるから宣伝お願いします」と言ったところで、ポスターさえ貼ってもらえるかどうかわからない。全然関係ないから仕方ないですよね。けれどそのタイミングで関連書籍として『コーヒーの人』が出版されていれば、出版記念のフェアを提案し、そこで合わせて映画の宣伝もできるわけです。そこに地元のコーヒー屋さんもつながって、イベントをやってくれたりすれば、街に本屋、映画館、コーヒー屋のトライアングルができる。

とてもいい本ができたし、実際にさまざまな場所でそのトライアングルができつつあるのを見て、つくってよかったなと思っています。

神谷:あとは、いろいろな本屋さんのアドバイザーみたいなお仕事も多いですよね?

内沼:いま青森県八戸市で、図書館でも民間の書店でもない、行政主導で本を販売する施設をつくる「(仮称)八戸ブックセンター」というプロジェクトがあって、そこにアドバイザーとして入っています。あとは渋谷モディというところに2015年11月に「HMV & BOOKS」ができましたが、それも立ち上げからずっと携わっています。あとは横浜みなとみらいの「BUKATSUDO」というスペース。いまはそこの講座の企画もやっています。どれも立ち上げまで1~2年、企画段階から長いスパンで携わっている仕事ですね。最近は古本を主に取り扱っているある会社を手伝うことになり、いろいろな新しいプロジェクトを画策しています。これも長い仕事になりそうですが、また近いうち発表できると思います。B&Bとしても、福岡で新しいプロジェクトが立ち上がりますし、流通について考えていることもあり、楽しみですね。今年はnumabooksとして、自社で出版レーベルもつくろうとしています。

土屋:もうまさに本の周りのあらゆること、という感じですね。

才能ある人たちが活躍する場をつくることに関心がある

神谷:本に携わるお仕事がものすごく多いのですが、その本とのかかわり方みたいなところをうかがっていきましょう。

土屋:そもそも人にとってすごく身近な存在である本を、自分の仕事の中に組み込み、自分にできることがあるだろうと思ったところのルーツをうかがいたいなと思います。

内沼:いくつかあるのですが、まずは中学1年のときに同じクラスだった友人の影響です。彼に薦められていろいろ小説を読むようになりました。よくある話で、入口は村上春樹で、そこからカポーティとかカーヴァーとかサリンジャーとかヴォネガットとかを少しずつ手に取るようになったのが、読者としての自覚というか、本とのかかわりのスタートだったかなと思います。

次は大人になってから友人に言われて思い出したのですが、高校2年くらいの、大学受験のときです。ぼくは大手の予備校に通わず、近所の中堅予備校の自習室にこもる自習派だったのですが、そのころに、いつの間にか参考書・問題集マニアになっていて、「国語のこういうところでつまづくんだけど、なんかいいやつない?」と聞いてくる友人に対して、これがいいよとか薦めていたようなんです(笑)。参考書売り場に行って、新刊をすべてチェックするわけです。これをやったらこの分野は完璧だな、とか、これはよくできてるな、みたいなことを吟味している。結果、買ったきり手をつけていない参考書や問題集もたくさん抱えているんですが、目は通しているから人には勧められるわけです。これもいわゆる積ん読の一種ですよね。ちなみにこの話は、後に『BOOK5』というリトルプレスの「All That’s 学参」という特集の際に声をかけてもらい、エッセイとして書きました。昔トークショーでこの話を一回だけ喋ったことがあり、それを聞いていてくださった編集の人から3年越しぐらいで原稿依頼をいただいたのが、すごく嬉しかったです。これが、選書をする自分のはじまりだったと同時に、本屋という場所が好きになったきっかけだったのかなと。

そして大学生になって、前半でお話したように、雑誌の編集から流通に興味が移っていきました。「本と人との出会いをつくる仕事です」と自分の仕事を説明しているルーツというか、純粋に選書するだけではなく、仕組みからかかわりたいと考えるようになったきっかけになっていると思います。

もう一つ、これは連続的に起こっていたことなんですが、世代的なものです。ぼくたちの世代はちょうど思春期と重なる時期に、インターネット環境やモバイル環境が段階的に進化していきました。電話回線だったのがISDNになってADSLになって光回線になる変化と、ポケットベルがPHSになってケータイになり、iモードやezwebが使えるようになったりカメラが付いたりする変化が、ちょうど高校生から大学生のとき。高校生のころに公衆電話で高速でポケベルのメッセージを打っていた世代が、社会に出たときに仕事でインターネットやモバイルをつかうのが当たり前になっていた、ほぼ最初の世代かなと思っていて。そのころに本に興味を持ったことで、はじめから必然的に電子書籍やWebサイトと並列で、フラットに本というものを捉えることができたのだと思います。そういう環境で育ったことは、自分が『本の逆襲』(朝日出版社)で書いたような価値観の大きなベースになっていると感じます。

土屋:本に興味があるとなると、編集をやりたいと思うのがけっこう一般的なプロセスかなと思うんです。それが、本にまつわるあらゆることをやりたいという方向になったのは、内沼さんの中でデジタルと紙をメディアとして俯瞰して見るという感覚がしっかりあったからかなと感じました。

内沼:そうかもしれないですね。ついなんでも俯瞰して見る癖があるのかもしれないです。ミュージシャンを目指していたときも、純粋に音楽をつくることがやりたいわけだけど、その傍らで続けるための稼ぐ仕組みのことを考えている。

土屋:自分がやりたいというだけでは突き進まないというところですよね。

内沼:そうですね、でもどちらかというとたぶん、結局そっちがやりたいってことなんだと思うんですよね。世の中には既に、たくさん才能もいるし、素晴らしい作品もある。音楽で挫折したときから、つくることそのものをぼくがやらなくてもいい、その分野では誰かに勝てない、とずっとどこかで感じているのだと思います。だけど幸いなことに、そういう才能ある人たちが活躍するシステム、プラットフォーム、流通とか呼ばれるいわゆる枠組みの部分にも興味を持ちはじめたんです。そうしたら、どうやらそちら側のほうが自分に向いているようだった。やっているうちに楽しくなって、求められることも増えてきて……という十数年間だったなと思いますね。

今度出版レーベルをはじめるというのは、もうちょっと作品に近いところの仕事なので、自分でかつて引いた線を越えようとしている感覚が少しはあります。結局どうしても枠組みのことと合わせて考えてしまうのですが、枠組みから生まれる素晴らしい作品というのもありますしね。自分に勝ち目があるとしたらそっちだろうなとか、つい自分のことも俯瞰しちゃうんですよ。

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いろいろやってみたことが、すごく自分を助けてきた

土屋:仕組みとして、なにか別の動かし方をするというか、それがきっかけになるものだったらつくれるかな、ということですか?

内沼:うまく言えませんが、たぶんそうですね。あと結局、得意なことをやるほうがいいですよね。いくらいろいろやっているつもりでも、一人の人間がやっていることなんて、どんなに離れたってそれほど遠くにいかないんですよ。たとえば、デザインでお金がもらえるからデザイナーという肩書きをつけた時代もあったし、HTMLやCSSを書く仕事をしていたときもあった。最初は人に頼むお金もないし、必要に迫られて独学したことが、あとで食い扶持になっていったわけです。けれど決してその道のプロフェッショナルになることはなかった。一つの道を究めることより、次々と手を出して、そこそこできるようになることのほうが得意だった。

土屋:たとえばコーディングをやっていて、これをやっていこう、という思いには至らなかった?

内沼:そうですね。それを仕事として請けていたときは、あくまで食べていく手段と考えていました。でも結果的に、自分が今やっている仕事においては、全部つながっているし、無駄じゃなかったと感じます。新しいプロジェクトを思いついたときに自分ですぐドメインを取ってティザーサイトをつくれるほうがスピードが早いし、ツールを触ったこともない人よりはデザイナーやプログラマーの気持ちがわかるから、たぶんいろいろ話が早い。

よくある話ですが、日本で100万人の人ができるAという技術があって、また別に100万人の人ができるBという技術がある。1億人分の100万人だから、AかBのどちらかの技術を持った人は、100人に1人はいる。でも、AとBの両方の技術を持った人は、1万人に1人しかいないわけじゃないですか。自分がやれることがどんどん増えると、AとBとCとDができる人はもうこの人しかいない、っていう感じになっていきますよね。かつ、結局一人の人間がやることだから、AとBとCとDがまったく関係がないということはなく、どこかで繋がっているわけですよ。そういうふうにやってきたことが、これまですごく自分を助けてきたと思っています。

土屋:それをやっていたから逆にブレることなく、自分の方向性を助けたということでしょうか。

内沼:そうですね。ただ、目指していた方向が先にあって、それに対してブレなかったというよりは、ただできることとやりたいことの間をフラフラと行き来しながらやってきた結果、気づいたらこうなっていたという感じです。「この先どうなりたいですか」「野望はなんですか」とか聞かれるといつも口ごもってしまうし、やっぱり「肩書きはまだない」ですね(笑)。

3冊を選ぶ仕事より3,000冊を選ぶ仕事の方が好き

土屋:以前お話したときに「本を選んでほしい」という依頼があるけれど、そういうのは自分の仕事ではないともおっしゃっていましたよね。

内沼:雑誌とかラジオ、テレビなどで本を紹介するときは、1冊とか3冊とかの本を選んで、その本自体の魅力を紹介しますよね。でもぼくの仕事は、1,000冊とか3,000冊とかの本を選書して、そういう場所の魅力をつくるような仕事。本を選ぶという点では同じですが、これはけっこう違う仕事なんです。

書評家と呼ばれる人や、1冊の本の魅力を紹介するのが得意なライターさんの仕事は、一つの名人芸、専門職だとぼくは思っています。この人の書評はいつもおもしろい、この人の紹介する本はいつも自分に合っている、という人を見つけて追いかけることは、本にまつわる一つの大きな楽しみです。だからこそ仕事としては、それを積み重ねてきた人には勝てないわけですよ。もちろん、小説家だからこそ書ける書評、書店員だからこそ書ける書評というのもあると思いますけど、自分はあまり得意じゃないんです。

よくご依頼はいただくし、お引き受けすることもあるのですが、過大評価というか、よい誤解をいただいているだけという自覚があります。仕事としては近しい距離にあるけれど、本質的にはけっこう異なるからこそ、誤解されないように慎重になっているというところもあって、お引き受けする数や媒体を絞るようにしています。

ぼくの仕事は、場をつくることです。そこにある1,000冊とか3,000冊はぼくが選んだとしても、その中から1冊とか3冊を選ぶのは訪れる人です。そのときに、あれもこれも気になるような気の利いた選書や、それまでに体験したことのないような演出や仕掛け、さまざまな人にフィットするような優れたた仕組み、そういったものをつくるほうのプロフェッショナルでありたい。

また、そもそも、本の多様性を愛しているというのが根本にあります。「今読むべき本」というのは本当は100人いたら100通り違うはずで、ぼくはそれぞれの運命の出会いをつくるほうの仕事をしたい。万人向けの本というのはない。だから少なくとも不特定多数の人に本を紹介して「内沼さんが紹介しているということは、今読むべき本なんだ」と思う人が出てしまうような強い力を持ってしまうことは、仕事として矛盾するんですよね。そういう番組がたくさんあったり、いろいろな書評家がいたりすることは、とても豊かで楽しいことだと思うんですけど、単純にその分野のプロは既にたくさんいらっしゃるので、ぼくはそっちじゃない仕事のほうが役に立てそうだ、ということです。

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世の中のためにやっていれば仕事

神谷:今は本とのかかわり、お仕事についてという話が出ていましたが、内沼さんの中でどこからどこまでが仕事、という明確な境界線みたいなものってありますか?

内沼:仕事とは「お金をもらうこと」という定義もあると思いますが、ぼくは広義には「自分ではない誰かのほうを向いてやっていること」だと思っています。だから「お金をもらわない仕事」もある。

よく、全然お金をもらってない、むしろ使っているみたいなことがあったときに、「それは仕事ではなく、趣味だね」って言われたりしますよね。たとえば、さきほど話に出てきた「サガンの墓をつくる」みたいなことです。ぼくはアーティストとして作品が売れるような人間ではないので、「サガンの墓」をつくったところでお金にならないわけですよ。けれど、それが仕事か趣味かと言われたら、ぼくは仕事だと思っている。おもしろいと思ってくれる相手のほうを向いて、想像してつくっているからです。自己満足であれば、それは趣味だと思います。そこが趣味と仕事の違いだと思っていて、お金をもらうかもらわないかではない。なんでそう考えるかというと「お金をもらわない仕事」には「勝ち目」があると思っているからなんです。

世の中にあるものの多くは、採算がとれて存在しているわけですよね。どんなに素晴らしいお店もイベントも、大抵はその中で収支がとれていたり、企業や商品の宣伝だったりします。ビジネス的なロジックの中で行われていることなんですよ。ビジネスの場で、たとえば会社で上司に企画を提案して「これおもしろいけど、どこが儲かるんだよ」と聞かれて「いや、儲かりません」というようなものは、やらせてもらえるわけないじゃないですか。結果、ぼくたちが普段見ている世の中は、採算が取れているもので構成されている率がかなり高くなるわけです。ということは、今まで誰も見たことがないものをつくることができる確率は、ビジネスのロジックから離れる、つまり「お金をもらわない」ほうが高いわけですよね。採算の中でやっている人たちに対して、特に無名の人間にとっては、これは大きな「勝ち目」です。採算を度外視すると決めた途端に、見たこともないものがつくれる確率が上がるわけですから。

土屋:短期的にこれをやれば相応のお金が入るからやる、というよりはもうちょっと長く、世の中的に考えてみるというところですかね。

内沼:そうですね。短期的にお金にとらわれてしまうと、ずっとお金から抜け出せない。本当に世の中のほうを向いて仕事をしていれば、お金は後でいろんな角度からついてきます。一方、他にどこにでもあるようなもので、ビジネスとしても赤字だけれど、一応どこからかお金を貰っている、みたいなものは世の中のためにならないので、もはや仕事というより趣味に近いという気もしますね。

土屋:一周回って趣味のようなものになってしまうという。

内沼:そうですね。それは、ぼくはあまり興味がないです。

仕上がりが想像できてしまう仕事は受けない

神谷:今のお話に近いかもしれませんが、第一回目のゲスト・ヌケメさんからシリーズを通して聞いてみたいという質問が一つあります。仕事を断る基準はありますか? という質問なのですが。

土屋:ヌケメさんが仕事を断ったことがないと言っていて、ほかの人がどういうときに断るのか知りたい、参考にしたいということでした。

内沼:ぼくもそれほど断ることはありませんが、あるとすれば、仕上がりが想像できてしまうような仕事でしょうか。結果がだいたい見えていて、その答え合わせをしているような仕事は、おもしろくなくなってきてしまいがち、というのはあると思います。

逆の考えで仕事をしている人のほうが、ある意味で真面目かもしれません。仕上がりが想像できる仕事しかやらない。そういう人は、頼む側からすれば、いわば腕のいい職人的な、仕事としての安心感があります。自分のできることを正確に認識して、仕事をその範囲に限定して、相手の求めているものを100%の高いクオリティで返す。そういう仕事はとても尊いし、そういうあり方への憧れもあります。でも実際に自分が断る基準ということでいうと、自分が面白くなくなってしまうと結果的に誰にとっても幸せでないので、あまりに想像がつきすぎるものは、やっぱり断りますね。

逆にこちらが驚くような、なぜ自分に来たかわからないような仕事、全然やったことがないような仕事の依頼に関しては、やってみたいと思えば、できるかどうかわからなくても「できます」と言って引き受けてしまいます。これはある意味、不真面目ですよね。世の中のためのものが仕事だと言っておきながら、不確実なものを世の中に出す可能性がある中で引き受けるのは、矛盾しているようですが。けれど、それは自分への課題としてもらっておいて、それをちゃんとクリアすればいいわけです。自分の名前でやるからには、頑張るわけじゃないですか。そうするとぼくも成長する。少なくとも相手は、ぼくにできると思っているわけで、他人の評価というのは案外正しいので、それはだいたい超えられる壁なんです。だからこそ、なるべくそういうものを受けたい、という感じですね。

もちろん、それだけが基準かというと、そんなきれいな話でもないですが。当然とてもギャラがいいみたいな理由で、どんなに仕上がりが見えている仕事でも受けるということもあるし、明らかにこれは自分にはできないだろうという仕事は、できないという理由で断るときもあります。でも概ね、悩む仕事に関しての基準はこんな感じです。

土屋:けっこうその不確実性のある仕事って、依頼してくる方も、そこをわかったうえで言っていることもありそうですよね。

内沼:どっちのタイプもありますね。つまり、すごくぼくのことを理解してくれていて、あいつならできるはずだと思って依頼してくれる人と、まったくの勘違いで全然ぼくのことをよく知らないのにイメージでできると思って依頼してくる人。でも、ぼくはどちらも同じように受け取ります。だれか別の人と間違えて依頼してくる人とかもいるんですよ(笑)。「内沼さんってあれをやった人ですよね、それでこれをお願いしたいんですけど」って。「あれをやった人」ではないんだけど、やってみたいというときは受けます。もちろん嘘はつきたくないので「あれはぼくではないですが、できます」と言う。さすがにまったくイメージがわかないものはできないですが、半分ぐらいイメージできれば「できます」と言っちゃいますね。あとは勉強したり、人に聞いたりすれば、なんとかなります。

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参加者からの質問

神谷:では、会場のみなさまからご質問があればと思いますが、いかがでしょう?

質問者:毎日続けるとか、一日中続けることが好きとおっしゃっていましたが、ご自身は毎日続けていることってあるんですか?

内沼:厳しい質問ですね。言われてみればないですね。ぼく自身が性質としてはできないほうだから、仕組みとしてつくろうとしがちなのかもしれないです。仕事としてだったらできるんですけど、自分のためにはできないですね。もちろん、本は読みますけどね……。

質問者:本を読むというのは、仕事のために読んでいるのでしょうか? ジャンルを問わず読まれるということですか? なにか好きなものがあるとか。

内沼:そこがぼくの仕事のすごく悲しいところの一つですね。本の仕事をしている以上、個人的に読みたい本より先に、仕事上読まなきゃいけない本が多い。なるべく個人的に読む時間も取るようにしているのですが、やっぱり忙しいと取れなくなったりして。

どんな分野でも心の底から楽しもうと思えば、やっぱり一番幸せなのはアマチュアなんですよ。音楽業界の人とかでも、仕事にしてしまうと売れることを意識しなくちゃいけないからつらい、みたいな話がよくありますよね。もちろん、仕事にする幸せもあるけれど、そのぶんつらいこともある。そういう意味で、ぼくも読書ということに対して、真っさらには向き合いにくくなっている。この作家が好き、こういう本が好き、みたいなことも言いにくいですし。

土屋:おすすめしていることになってしまうというか。

内沼:そうですね。そういう話をすることは読書の大きな楽しみの一つだと思うんですけど、さっきもお話したように、ぼくがいまやりたい仕事は本を勧めることではなく場をつくることなので、あんまり言わないようにしています。

これからもできるだけ、いろんな場でいろんな本を扱っていきたいですから。自意識過剰かもしれませんし、いろんな考え方があると思いますが、仕事上大切にしていることを優先しようと考えてこれまでそうしてきたので、そこは今後も、ぐっとこらえていこうというところです。

(2016年1月22日@amu/写真=後藤武浩)

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