EVENT REPORT

音楽活動から起業の道へ
――「肩書きはまだない vol.2」レポート1/2

【ゲスト】カズワタベ

【聞き手】土屋綾子、神谷衣香

EVENT REPORT

音楽活動から起業の道へ
――「肩書きはまだない vol.2」レポート1/2

【ゲスト】カズワタベ

【聞き手】土屋綾子、神谷衣香

2015年11月13日(金)、「肩書きはまだない vol.2 ――カズワタベさん」を開催しました。
2時間におよんだトークの一部を、2回に分けてレポートします。

OVERVIEW

2015.11.13(金)

ゲスト:
カズワタベ(ウミーベ株式会社)
聞き手:
土屋綾子(株式会社コンセント)、神谷衣香(amu)

「肩書きはまだない」シリーズ

ここ数年で、さまざまな働き方に出会うようになりました。このイベントでは、幅広く活動していながら「肩書きはまだない」人たちをゲストに迎え、その働き方に迫ります。シリーズ第2弾のゲストは、音楽活動を経てウェブ業界へ進み、若くして起業したカズワタベさん。現在は福岡の海辺に会社を構え、釣りにまつわるアプリやニュースサイトの開発運営などを行っています。
今回は、当日のトーク前半の様子をご紹介。福岡での起業に至るまでの道のりをさかのぼり、根底にある考え方や、ミュージシャン時代の話、1回目の起業についてお話いただきました。

【プログラム】
19:30-20:20 ゲストトーク前半
20:20-20:30 休憩
20:30-21:10 ゲストトーク後半
21:10-21:30 質疑応答、ゲスト・参加者の交流

(写真=後藤武浩)

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神谷:「肩書きはまだない」第2弾のゲストは、カズワタベさんです。よろしくお願いします。

ワタベ:よろしくお願いします。

神谷:聞き手2人も簡単に自己紹介をさせていただきますが、私は昨年の秋からamuの企画運営を担当している神谷です。ここに入る前は、営業職や編集職を経験しました。その中でいろんな人に会って、特に出版社のときに取材などを通して、働き方の選択肢はいっぱいあるんだということをすごく実感したことが、このイベントのテーマにもつながっています。そして隣にいるのが、一緒に企画しているコンセントの土屋です。

土屋:土屋です。もともと出版社で8年ほどWebメディアの編集をしていました。その中で「ミュージシャンをやりながらデザイナーをやってます」だったり、「エンジニアをやっているんだけど、アーティストとしても活動してます」だったり、そういう働き方をしている人と出会う機会がとても多かったんですね。そういう人は、端から見るとなにをやっているのかちょっと分かりづらいけれど、人としておもしろい。そういう人たちの働き方を紐解いてみたら楽しいんじゃないかと思って、この企画を考えました。
そして今回のゲスト、カズワタベさんとは、音楽系の媒体をやっていたときにとある同僚から「おもしろいサービスをやっている人がいるよ」と紹介されて。私が風邪気味だったので、確か渋谷のおかゆ屋で会いましたね。

ワタベ:あーそうでしたね。

土屋:その後に、ドミニク・チェンさんとカズワタベさんの対談という企画をやらさせていただきました。いま画面に映っている、これが3年前です。

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http://rittor-music.jp/column/c/5754

ワタベ:なつかしい。

土屋:当時ワタベさんは「Grow!」というサービスをされていました。その中でクリエイティブ・コモンズがそのサービスを利用して活動しています、という「ネット上でも創作活動はもっとおもしろくなるか」というネタで対談の取材をさせていただきました。これは単発の企画だったんですけど、その後ワタベさんの周りでテレビ朝日の話(2012年、テレビ番組で自身の楽曲の無断使用があった話)が出てきて。その関係で、ワタベさんと音楽著作権のネタでなにかできたらおもしろいんじゃないかと思ってはじめたのが、「音楽著作権ベーシック講座」というものですね。

この連載はもう1人、水野祐さんという弁護士の方と一緒に、こういうことを音楽としてやりたいんだけど、それって著作権的に平気? とか、どうしたらクリアするの? とかっていう話を、そのときのネタに応じて対話形式で解決していくというものになっていました。というところで、お付き合いが長くて……。

ワタベ:意外と長いですね。3年は経ちますね。

土屋:まずこの企画を考えたときに、おもしろい働き方をしていて、ちょっと傍目からみると分からないけど魅力的だなと思う方の中に、ワタベさんもいて。そこで今日、福岡から呼んじゃいました、という流れになっております。
この会は特に登壇いただく方の働き方を受けてこうしよう、とか、これが答えだという話ではなくて、その人がどういう風に考えていまここに至るのかという話を紐解いていくという会にしていきたいなと思っています。

ワタベ:なんでも答えます。

土屋:心強い。よろしくお願いします。

ワタベ:カズワタベです。名字がワタベで、下の名前がカズ○○なので、カズワタベという名前でやっています。経歴はざっくりお話すると、大学は音楽大学に通っていまして、卒業して2年目までインディーズでジャズのインストバンドをやっていました。そのときは東京にいて、渋谷や六本木のクラブとかライブハウスで、音楽活動をしていました。

バンドを解散するタイミングがあったので、次なにやろうかなと考えたときに、元々インターネットがすごく好きだったので、IT系の会社で事業を起こすことにしました。それがたぶん24歳で2010年、2011年ぐらいですね。そこからWeb業界に入っていきまして、「Grow!」っていうインターネットのサービスをつくる、Grow株式会社というのを東京で3人で共同創業しました。ぼくは代表じゃなくて取締役だったんですけど、2、3年ぐらい経ってそこから抜けるタイミングがあって独立ました。

そんなこんなで2013年のはじめにフリーランスになって、その後2013年の12月に住環境が気に入ったという理由だけで福岡の方に移住しました。基本は福岡に住んでいて、月に1、2回は東京に仕事で来る生活をしています。福岡に行ってから、しばらくはデザインだったりとか、Web制作だったりとか、コンサルとかの受託をやって食いつないでいたんです。でも基本的にはなにかしらのサービスだったり、アプリとかをつくる、いわゆるスタートアップといわれるようなITベンチャーをずっとやろうと思っていたので、福岡で2社目を立ち上げました。いま画面に映っている、これですね。

re_katagaki2_ss_umeebehttp://umee.be/

ワタベ:ウミーベ株式会社というのを立ち上げまして、いまはウミーベ株式会社で「釣り×IT×デザイン」をテーマに、釣り人向けの情報サイトであったり、iPhoneアプリの開発をやっているベンチャーの代表をやっています。いま映っているのは、『釣報』ですね。

katagaki2_ss_tsurihohttp://tsuriho.com/

土屋:この間、フナムシの記事が話題になってましたね。

ワタベ:ああ、なってましたね。フナムシって知っている人いますか? 割とゴキブリに似た海辺によくいる虫なんですけど。フナムシを餌にするとめっちゃ釣れるみたいな記事を書いたら、15,000PVぐらいいって(笑)。フナムシの記事が15,000PVいくの、たぶんうちしかないんですよ。
まあ、本当に釣りに特化した新製品情報であったりとか、釣りのノウハウの情報を毎日更新しています。おそらく、もう国内の釣り関連サイトの中では一番PVがある。先月で半年経ったんですけど、月間100万PV超えまして、かなり伸びているメディアになっています。

自己紹介のとき、肩書きを名乗ったことはない

神谷:じゃあ、本編に入りましょう。まず、「肩書きはまだない」というタイトルでやっているので、ワタベさんの肩書きをおうかがいしたいなと。

ワタベ:いまだったら「ウミーベ株式会社代表取締役 CEO」みたいな感じじゃないですか。

神谷:オフィシャルにはそういう感じだと思うんですけど、自分がやっている幅広い活動を表現する肩書きっていうと、どうでしょう?

ワタベ:あんまり肩書きで名乗ったことはないんですけど……うーん、「ハイパーメディアクリエイター」とか……(笑)

土屋・神谷:え……!(笑)

神谷:実は、第1回のヌケメさんのときにも同じ肩書きが登場したんです。

土屋:自分の得意としているもので、仕事になっているものをひと言で表したいと思うと「ハイパーメディアクリエイター」なのかなっていう話でしたね。あと、ヌケメさんの場合は「タモリ」のような、人名だけど肩書きでもあるというのに憧れると言っていました。

ワタベ:なるほど、それは近いかもしれないですね。ぼくは自己紹介で、圧倒的に名前しか言わないので。

土屋:そもそも「カズワタベ」っていつから名乗っているんですか?

ワタベ:バンドをはじめた、18歳ぐらいですかね。

土屋:バンドメンバーとしての名前だったんですか?

ワタベ:もとはハンドルネームがずっと「カズ」でやっていたので、自然と。ひょっとしたら、ネット上で使っていたのはバンドより前の高校生ぐらいかもしれないですね。

土屋:カタカナで「カズワタベ」って、ちょっと目を惹くというか。

ワタベ:語呂もいいし、字面としてもやっぱり覚えやすいので。あとたぶん、当時スガシカオが好きだったから。

土屋:(笑)なるほど。カタカナ5文字。

ワタベ:音的にも非常に覚えやすい。「スガシカオ効果」って呼んでます(笑)

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将来なりたいのは「自営業」って答える中学生だった

神谷:いますでにいろんな話が出てきていますが、これまでの活動をさかのぼって、少しずつ紐解いていこうかなと思います。

土屋:音楽をやっていた話からうかがいましょうか。

ワタベ:音楽に関しては、実は3歳から7歳までピアノをやっていたんですよ。いわゆる習い事ですよね。バイエルも終わらずに辞めたので、全然弾けないんですけど。ただ、唯一その後につながったのが、楽譜が読めるようになったこと。普通になにもしたことないと、学校の授業で楽譜読めない子っているじゃないですか。一応ぼくは楽譜を読めた。結果どうなったかっていうと……。中学のとき本当は最初はテニス部とか運動部に入ろうと思っていたんだけど、廊下で吹奏楽部の先輩に連れて行かれて、楽譜が読めるからという理由でお前は入部だ、となりました。あと、たまたまそのタイミングで、部活とはまったく関係なく趣味でギターをはじめていたんですよ。しかも理由も渋くて、小学校6年のときに父親が持っていたカセットテープでザ・ベンチャーズっていうバンドを聞いて、ギターが弾きたいと思って。

土屋:エレキですか?

ワタベ:そう、本当はエレキがやりたかったんです。小学校6年のときにギター買ってって頼んだら、父親に「じゃあ中学校の入学祝いにギター買ってやるけど、基礎が大事だからクラシックギターやりなさい」って言われたんですよ。うちの親もちょっと変わっていて、ザ・ベンチャーズ弾きたいのに、基礎が大事だからって。いま考えてみると、「基礎がクラシック・ギター」っていうのもちょっと誤解なんですけど。

そういう感じで、中学校入ってカルチャーセンターみたいなところのクラシック・ギター教室に通いはじめたんです。結局音楽をやるという話になったタイミングだったので、じゃあ部活も吹奏楽やったらいいかなと思って。そのまま入部して、パーカッションをやっていました。

土屋:それはまた、なぜパーカッション?

ワタベ:本当はサックスやりたかったんです。かっこいいから。でも当時歯の矯正をしていたから、管楽器は(矯正器具が)当たって痛いという理由で、まず諦めて。そうすると吹奏楽部の場合、あとはパーカッションかウッドベースしかないんですね。ベースは地味だなと思って、消去法でパーカッション。結局高校2年までやりましたね。うちの中学校がめっちゃ強豪で、全国大会一歩手前ぐらいだったんですよ。

土屋:じゃあけっこう激しく練習していた?

ワタベ:人生の中で、中学校の部活が一番上下関係厳しかったです。

土屋:文化系もそういうことあるんですね。

ワタベ:吹奏楽部は軍隊ですよ(笑)。特に地方の強豪校はすごい。廊下で先輩とすれ違うとき、90度お辞儀しないといけないんですよ。90度以下だと部活のときに呼び出されて、「今日浅かったね」って詰められる。そういうの嫌いだったんで、結果ぼくが3年生になったときに、もう90度はしなくていいから、挨拶ぐらいはしようねという感じにして。伝統を壊したっていうタイプです。

それで、高校2年までパーカッションをやりつつ、ギターをずっと弾いていて。大学どこ行こうかなって考えたときに、それこそ今やっていることにつながっているんですけど、(将来的には)会社をやろうと思っていたんですよ。それは中学生ぐらいから自分で事業を起こそうってすでに考えていて。

土屋:それはなぜですか?

ワタベ:たぶん、会社員になりたくなかったっていうことですね。実際いまのところなってないんですけど。

土屋:親御さんの仕事の影響?

ワタベ:親は会社員と主婦です。謎ですよね。

土屋:(起業に)憧れることとかがあったんですか?

ワタベ:憧れとかはたぶんないんですけど、人になにか決められるのが嫌だったっていうのがあります。例えば働く時間とか、場所とか。そもそも会社に入ったら、その会社の事業内容に参加しなくちゃいけないっていうのが、たぶん嫌だったんです。

土屋:自分で考えたいということですね。

ワタベ:そうです。自分で仕組みをつくりたいという気持ちがあって。未だに覚えているんですけど、中学校の家庭訪問のとき、先生に「お前将来なにになりたいんだ?」って聞かれて、職種じゃなくて「自営業がいいです」って言ったんですよ。根っこからそういうタイプだったんだろうなと思うんですけど。

それがあったので、大学も経済学部か経営学部に行こうとしていたんです。でも、自分が好きな会社をやってる人たちを調べていたら、ほぼ経済学部も経営学部も出ていないということが判明しまして。それこそ当時は、デザイナーの佐藤可士和さんがすごくガーッといっていたタイミングだったんですよ。彼はもちろん美大なので、別に経済学部、経営学部を出なくても会社できるんだって思ったんです。結果、音楽が好きだったので音大に行ったというのがルーツですね。

結局、好きなことをやろうと思ったんですよね。どこの学部に行っていても、その学部から直結している職種に就く人って100%じゃないじゃないですか。だから、そんなに将来のことを考えて大学選ばなくてもいいなっていうのが正直なところあって。もちろん親には反対されたんですけど。

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起業のきっかけは、バンド運営

ワタベ:ジャズとかブルースがもともと好きだったので、入学したのは溝の口にある洗足学園音楽大学のジャズコースですね。山崎まさよしとエリック・クラプトンに中学3年ぐらいでハマって、その後スガシカオとかも聞いてたんですけど、前者は完全ブルースの人で、後者もルーツはファンクで。割と彼らがインタビューとかで言っているような、彼らのルーツになっている昔のミュージシャンを掘るのが楽しくて、それをしていたら、ジャズとかブルースとかファンクとか黒人音楽にハマって。さらに自分でやっているのがギターだったので、最初は専門学校しか選択肢ないかなと思ったんですけど、調べてみたら洗足学園音楽大学が4年制の音大だけど、ジャズコースがあるって判明して受けることにしたんです。

土屋:それって珍しいですか?

ワタベ:だいぶ珍しいですね。当時たぶん、全国で4年制は2校ぐらいしかなかったと思います。で、そこに入学して、1ヵ月でギタリストを諦めて(笑)。

土屋:え?(笑)

ワタベ:本当に入学した年の5月ぐらいに諦めたんですよ。大学4年間教えてもらった先生が梶原順さんという業界ではすごく有名な、国内で10本の指に入るようなスタジオ・ミュージシャンの方だったんです。先生がうますぎるんですよ。結果、たぶん20〜30年やっても、こうは弾けないないと思っちゃったんですよね。練習して技術が向上すればどうとかっていうレベルじゃない壁を、1ヵ月で感じたんです。

梶原さんは本当にギターの腕1本で食っている人ですね。世の中にはギタリストをやりながら、編曲や作曲でもすごく活躍している人もいるので、そういう選択肢ももちろんあったと思いますけど、梶原さんは本当にいわゆるサポート、レコーディングとかの演奏の腕だけで登りつめている人で。海外でも余裕で通用するだろうなってぐらい、本当にバケモノクラスでうまいですよ。週に1回のレッスンで梶原さんの演奏を聞くたびに、リスナーになっちゃうんですよね。一緒に弾いているのに聞き惚れちゃって。

自分がもしプレイヤーになるマインドだとしたら、「悔しいな、練習してうまくなって抜いてやる」みたいな感じだと思うんですけど、そっちに行かなかったんで。例えばぼくが卒業してギタリストになったとき、自分がもしプロデューサーだったら自分に頼まないなと思っちゃったんですよ。お金積んででも梶原さんにお願いするなって。やっぱりちょっと俯瞰して見ちゃうところがあるので。「自分だったら、自分に頼まないな」と思っちゃった瞬間に、ギタリスト1本はないなと思った。ただ、音楽活動はもちろん音大入った以上やりたくて、バンドの運営をやりたかったんですよね。

土屋:バンドの運営とは?

ワタベ:バンドとして形にするっていうのをやりたかった。だから自分の学年と来年入ってくる子たちでバンドを組もうと思って。一応、うちを志望している高校生と在校生との交流がけっこうあったんですよ。その中で各楽器の1番いいと思ったやつに声をかけて。自分は下手なのに(笑)バンドやろうぜって言って、6人編成のバンドをつくって自分が大学2年になったタイミングから活動開始。

土屋:そのとき目標みたいなのはあったんですか? バンドを運営するにあたって目指しているものとか。

ワタベ:実際これは実現したんですけど、タワーレコード(以下、タワレコ)にCDを置くこと。あと本当はフェスに出てみたいなと思ってました。フェスは出られなかったんですけど。

土屋:タワレコにCD置くって、営業しに行ったということですか?

ワタベ:いえ、インディーズでリリースして、流通会社を通して正規ルートで発注を受けて納品しました。バイヤーの方から推薦してもらえると試聴機とか棚とか置かれるんですよね。それで置かれたっていうのは、いい思い出ですね。

土屋:ポップとか書いてもらって。

ワタベ:そうそう。青春18切符で、大阪まで各駅停車で行って、ポップにサインしてきましたよ。

土屋:いいなー。それ、ミュージシャンならやりたいことの1つですよね。

ワタベ:ミュージシャンぽいでしょ(笑)。当時、渋谷、新宿、大阪難波、福岡店でポップつきで展開してくれて。タワレコとかHMVとかの棚って通常、レコード会社が広告枠として棚の枠を買うんですよ。ただうちはもちろんお金がなくてそんなことできないんですけど。例えば各店舗にジャズ担当のバイヤーさんとかがいて、彼らが推薦したもののみ、お金を取られないで置いてもらえるんです。その推薦が4店舗でとれたので、おかげさまでポップつきになりました。

土屋:これってかなりすごいことですよね。

ワタベ:そうですね。もちろんやっていたサウンドはそんなに下手でもないし、悪くなかったと思うんですけど、それよりもタイミングがよかった。当時うちがやっていたのがクラブジャズっていう、ジャズの中でもちょっとクラブミュージックを取り入れたインストのサウンドで、それが割と流行っていた時期ではあったんですね。要はクラブジャズコーナーの棚、視聴機があったわけですよ。ただ、その数年クラブジャズ界隈で、生演奏でやるバンドのラインナップってほぼ変わっていなかったんです。ぼくたちの1個上の世代が、いまでもまだやってますけど、当時平均年齢30歳ぐらいのJABBERLOOPっていうバンドで、うちは当時平均年齢が21歳だったんですよ。

土屋:めちゃくちゃ間があいてますね。

ワタベ:だから、JABBERLOOPが新譜出してソイル(SOIL&”PIMP”SESSIONS)が新譜出すという感じで回っていて、たまに洋楽のバンドが入る、というところに、国産で21歳って打ち出してCDリリースしたんです。そうしたら案の定、バイヤーの人に刺さって。けっこう狙いすまして、今のうちに出しておこうみたいな感じで急いで出したので、うまいこと当たったって感じでしたね。

土屋:そういう、企むのが好きみたいなところはあるんですか。

ワタベ:そうですね。だからバンドをやっていたときも、結局演奏以外のこともほとんど自分がやっていたので。それこそ、今につながる話で言うと、Webサイトをつくるのは、自分のバンドのサイトをつくるためにやりはじめたんですよ。それが、Web制作にかかわる本当のきっかけですね。20、21歳ぐらいのときです。

土屋:レンタルサーバー借りて、とか?

ワタベ:サーバー借りて、HTMLの本を買ってきて、みたいなことをやってたんですよね。それが、いまやこんなムービーのサイト(ウミーベのWebサイト)とかつくれるようになりましたっていう。

(画面にウミーベのWebサイトが映る)

土屋:すごい。これもワタベさんつくったんですか?

ワタベ:ぼくがつくっています。リロードするとロゴがアニメーションするっていう、ちょっとエロい演出をしたりとかですね。ちなみにこの風景は、山口県にある角島っていう場所です。

土屋:いい景色ですね。

ワタベ:2kmぐらいある角島大橋っていう橋で、そこを渡っているときに助手席の窓からiPhone出して撮ったんです。海って感じですよね。

話し逸れましたが、音楽の話はそんなところですね。バンドを24歳ぐらいまでがんばってから、解散しました。

mixiぐらいインパクトの強いサービスをつくってみたかった

土屋:そのあとに、起業ですね。

ワタベ:はい、東京でGrow株式会社を。

土屋:それは自営業やりたいって思っていたのと、サイトをつくってたというところが結びついたんですね。

ワタベ:そうですね。ぼくはもう中学校のときから、基本家に帰ったらチャットに入り浸っていたので、Webにはユーザーとしてずーっと触れていたんです。ぼくが18歳、高校3年のときにmixiが出てきて。当時mixiは本当にめちゃくちゃ流行ってたじゃないですか。ぼくが大学2、3年ぐらいがたぶんピークで、当時は学校にパソコンルームみたいなのがあって、昼休みにそこに行って後ろから見ると画面が全部オレンジ色(mixiのカラー)っていう、mixiど真ん中世代。正直mixiがみんなの生活を変えちゃってるんですよ。あれだけ使っている割合が多いと、連絡手段もmixiのメッセージになったり、学校のサークルとかコミュニティをmixiで管理してたりとか。

そういうのを目の当たりにしていて、もともとWeb関連はずーっとユーザーとして触っていたし、mixiっていう自分の世代に対して、すごくインパクトの強いサービスがあって。それをユーザーとして使っていく中で、ああ自分もこういうのつくってみたいなっていうのは正直ちょっとありましたね。起業するんだったらWebがいいなというのがあったので。当時、2009年ぐらいにTwitterで仲良くなったWeb業界の人とたまたま飲んでいたときに、「Grow!」っていうサービスのアイデアが出たので、じゃあ一緒に会社立ち上げてやろうかっていう話になったんです。それで立ち上げたのがGrow!。

土屋:「Grow!」の最初の形は、ボタンでしたね。

ワタベ:いまでもあるけど、ツイートボタンとかFacebookのいいねボタンなどのインターフェイスに着目して、育てるって意味の「Grow!ボタン」というボタンを提供してたんです。なにかしらWeb上に無料でコンテンツを公開しているクリエイターの人たちが、ツイートボタンとかと並べて、Grow!ボタンを置くことができて、そのボタンは押すとチップを贈れるというサービスだったんです。ストリートライブを見て気に入ったらお金を入れてあげる、というのをインターネット上で実現できたらおもしろいなと思ってつくりました。これは結局事業としてはそんなにうまくいかず。当時はYahoo!トップとか載って、すごく話題にはなったんですけどね。

土屋:その後にファンクラブ的な、コミュニティ機能になりましたね。

ワタベ:そうですね。ファンクラブっぽいモデルに変えたりしたんですけど、結局サービスは閉じてしまって。会社としては別の事業をやるという判断になったので、そのタイミングでぼくはGrow株式会社から独立しました。

土屋:どういった理由で閉じてしまったんですか?

ワタベ:普及するまでにものすごい時間とお金がかかるモデルだったんですよね。正直そこまでもっていくスキルや知識と資金調達能力が、経営陣になかったっていうのが、前回の反省点としてはあります。もしかしてあれをマーク・ザッカーバーグがやりますとかだったら、普及するかもしれないですけど(笑)。

資金力があって、普及まで粘れる感じだったらできるかもしれないですけど、ちょっと難しかったなというのが正直なところですね。

土屋:アイデアとしてすごく新しかったなと思います。クラウドファンディングとかそういう話が出はじめていたころだったんですよね。

ワタベ:そうですね。ちょうどいま国内で、大きいところだとCAMPFIREとか、そういうクラウドファンディングサービスが立ち上がるタイミングだったんで、そこと同じ文脈でなにかしらの活動をしている人たちを支援するサービスとして、けっこうメディアには取り上げてもらったんですけど。

土屋:ネットを介して、だれかにお金を払うということのハードル自体が、あのときあたりから下がってきていたのかなという印象はありましたね。

ワタベ:インターネット上は、やっぱりコンテンツが広告収益に頼るモデルがすごく多いので、それって健全なのかなという話にはなってますよね。無料でコンテンツを見られて、それを見にくる人たちがいて、その一定数がそこに貼ってあるバナー広告をクリックしてくれるから成り立つといのは、果たして健全なのか。要するにコンテンツ自体の対価としてのお金は払われてないというところをどうするか、っていうのがけっこう課題意識として当時あったので、そういう形にしたんですけど。あと、数億円はかかるなぁっていう感じでしたね。

土屋:それぐらいの規模なんですね……。

お金を出す人が偉いわけじゃないから、もっとフラットでいい

土屋:起業って、やったことない人にはお金の感覚が全然わからなくて。

ワタベ:そうだと思います。だからニュースとかで、数千万円、数億円調達しましたとかよくあるじゃないですか。あれは別に、経営している人は自分のキャッシュが増えたわけではないので、スタートアップの経営者は割と貧乏ですよ(笑)。別に数億円調達しようが事業資金なので、自分に払うお金っていうよりは、社員に払うお金という考え方で調達するので。

土屋:あれは、投資家といくらくれっていう話をするんですか?

ワタベ:投資会社、もしくは個人投資家と話をしますね。

土屋:「マネーの虎」的なイメージになっちゃうんですけど。

ワタベ:あんなに詰められないです(笑)。でも、「全然だめだよ」みたいな厳しい人もいますよ。言ってもらった方がありがたいんですけど。

土屋:けっこういっぱい投資会社、投資家とお会いしたんですね。

ワタベ:そうですね。やっぱり国内は東京に集中していますけど、すごい数ありますね。今はもう逆に投資サイドが増えすぎていて、起業家が足りないぐらいの状況なので。今は前に比べたら投資は受けやすいと思います。

土屋:起業のチャンスですね。

ワタベ:ちゃんとした事業プランさえ持っていけば、プロトタイプつくるためのお金が集まらないってことはたぶんほとんどないと思います。うちも6月に調達してますけど。

土屋:投資家というのはどこにいる、だれなのかってまったくわからないんですが。

ワタベ:乱暴に言うと、IT系はほぼ渋谷区か港区周辺です。普通にメールフォームから問い合わせたら会ってもらえますよ。こんな会社をやっていて、こんなサービスを立ち上げようと思ってるって言うと、じゃあ何月何日で来てくださいとか。投資家側も、結局投資をするのが仕事なので。

土屋:日々探しているわけですね。

ワタベ:投資をして増やすっていうのが仕事なので、投資しないで持っていてもしょうがないんですよ。投資会社がファンドっていうのをつくって、そこから投資する。ただ、ファンドのお金はすべて彼らのお金じゃないんです。外部のお金持ちとか、お金持ってる会社とかから預かってきて、それをいろんなところに投資して、ここが成長すると利益が出てそれをリターンするっていうのがお仕事なので。投資会社自身も投資する義務が発生しちゃってるんですよね。そこを理解していると、けっこうフラットに話せます。

土屋:お金もらうから、こっちがすごい下っていうわけではなくて。

ワタベ:やっぱりちょっと、その辺日本人はお金に対して特別な感情があるのか、特に若い子は、やたら下から「お金をいただく」みたいな感じで行っちゃう場合がある。若い子から相談されたら、役割が違うだけで、お金を出す人がとにかく偉いわけじゃないからフラットでいいよって、よく話しますね。うちに投資しないと損するぞぐらいの感じで行ってもいいかもしれない。

土屋:自分の事業をいかに、よいアピールができるかというところですもんね。

ワタベ:ちゃんと将来性あるぞっていうのをスライドつくって。あと市場規模なんかを調べて裏づけを持って行く感じですね。

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ユーザーと株主の間にいても、事業の軸は守る

神谷:起業について若い子から相談されるというお話がありましたが、ワタベさん自身は起業するときにだれかに相談したんですか?

ワタベ:前回はミュージシャンあがりで本当に勝手がわからなかったので、六本木界隈のIT系の、もう成功している先輩起業家たちには本当によく面倒見ていただいてました。

土屋:それってどうやってお会いするんですか?

ワタベ:飲み歩く。飲みニケーションですね。でも1人つながったら紹介してくれるんです。で、いつも集まっている店とか行って、お酒飲みながら、これどうしたらいいですかね、みたいな。

土屋:すごい。でもそこが1番リアルな情報が得られますよね。

ワタベ:やっぱり現場で話を聞くっていうのは大事ですね。いま成功している人は先にいろんな失敗をしてきているので、その話が聞ける。こういう風にはしないほうがいいとか、ああいうのはしないほうがいいとか。ぼくも2回目で、前回の失敗があるので、こういうことはしないようにしようとかっていうのが、たぶん100個以上ある。

土屋:そんなにあるんですか(笑)。

ワタベ:今回は、前回と比べるとやっててすごく楽ですよ。

土屋:もう見えている部分が大きいからですか?

ワタベ:そうですね。こういうことやると、後でこんな目に合うとか。そこは気をつけていますね。

土屋:なにか言える範囲で、教えてもらえますか?

ワタベ:結局融資を受けたり、もしくは投資を受けるとか、資金をどうやって調達していくかを資本政策っていうんですけど、そこをミスするとやばいのでかなり慎重にやってますね。株主の数を増やしすぎないとか。

土屋:入ってくるお金ばっかり増やしてもしょうがない?

ワタベ:そうですね。できる限り、自分と相性のいい投資家の方で。結局コミュニケーションで手間がかかっちゃうのは本当にもったいないので、なるべく少数で。あくまで事業はニュースサイトとかアプリのほうなので。要はユーザーに対して価値を提供しなくちゃいけないんだけど、株主に対してもちろん報告義務はあったりとか。

土屋:両方の相手をしなくちゃいけない。

ワタベ:そうです。基本的に一般の人たち向けのサービスをやっていると、to Cを基本的にずっと見続けたいわけです。こっちだけ意識して、こっちのニーズを叶えて、本質的に価値のあるものを提供し続けるっていうのがすべてのはずなんだけれど。場合によっては株主の意見だったりとか顔色をうかがっちゃった結果、軸がぶれるみたいな事例がけっこうあるんですよ。そうはならないようにしようっていうことで、株主の数を増やしすぎないとか、その人柄だったりとかは、やっぱり気をつけましたね。方針としてめっちゃ口出ししてくるところとかは基本的に入れないとか。

土屋:口出ししてくる人って、割とズレていたりするってことなんですか?

ワタベ:自分もそうだし、向こうもそうなんですけど、なにが当たるかわからないので。この『釣報』とか割と思いつきでやっているサイトですけど、やっぱり会社の事業としてのコンセプトの軸がぶれなければ、どうとでも後から修正できるんですよ。ただそこの軸の部分って、他人の意見が入った瞬間に割とぶれるので。それは明確に「ああ軸がぶれたな」って感じるわけじゃないんだけど、ユーザーさんとか、メディアの読者の人とかって、やっぱりなんとなくわかるんですよね。

土屋:別の力が働いているな、みたいな。

ワタベ:なんかつまらなくなったなとか、なんか毛色が変わったなとか。別に専門家じゃなくてもわかるんですよね。それが滲み出ちゃうとファンが離れたりするので、絶対そうならないようにしようって。

(2015年11月13日 @amu/写真=後藤武浩)

前半では、現在の活動の原点ともいえる中学時代や音楽活動のお話から、起業にあたって直面したことなどをうかがうことができました。トーク後半は、福岡への移住や、現在運営するニュースサイト『釣報』やアプリ『ツリバカメラ』についてお話いただきました。

→レポート後半はこちらからご覧ください。

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