EVENT REPORT

宇宙開発にアートから多様性を訴えるアーティストNahumイベント「ぼくと君の月世界旅行」レポート

【アーティスト】Nahum(ナフーム)

【TEXT & PHOTO】森 旭彦

EVENT REPORT

宇宙開発にアートから多様性を訴えるアーティストNahumイベント「ぼくと君の月世界旅行」レポート

【アーティスト】Nahum(ナフーム)

【TEXT & PHOTO】森 旭彦

人類の火星への到達が今世紀中に実現するかもしれません。来る「惑星間種族」としての新たな人類史の到来の前に、その文化的インパクトに思いを馳せ、想像力を全宇宙レベルにまで拡張する思考実験ファームが Forest On Mars です。その第一弾イベント「ぼくと君の月世界旅行。メキシコ人アーティストNahumと宇宙を旅するポエティック・エクスペリエンス」が開催されました。Nahum によるヒプノシス(催眠)を用いて月旅行に出かけるというユニークなパフォーマンス《Voyage: A Session for Remembering(以下Voyage)》で「他の星に降り立つ」感覚をつくるという本イベントをForest on Mars のメンバーの一人でもある森旭彦さんがレポートします。

OVERVIEW

2018.05.13(日)

アーティスト:
Nahum(ナフーム)(KOSMIKA)
TEXT & PHOTO:
森 旭彦(フリーライター)

INDEX

  1. About Forest on Mars (フォレスト・オン・マーズ)
  2. ヒプノシス(催眠)で飛ぶ、月世界旅行
  3. 非物質のアートがつなぐ、宇宙と地球、そして社会
  4. 月に咲いたバラとは?

About Forest on Mars (フォレスト・オン・マーズ)

※本レポートは、大阪芸術大学アートサイエンス学科がプロデュースするBound Bow の同タイトルのコンテンツを一部編集して転載したものです。

「火星の森(Forest On Mars )」をテーマに活動する思考実験ファーム。「森」とは火星に生まれる新たな生態系であると同時に、地球の歴史の中で育まれてきた自然、文化的・社会的エコシステムを再考するメタファーであり、「火星の森」は人々の想像力を“宇宙レベルに拡張する”ためのプラットフォームである。 不定期に開催されるイベントや研究会、スタートアップや大企業らに向けたビジョン・メイキングなどを通し、社会議論をつくりだしてゆくことをミッションとする。

キュレーター・編集者の塚田有那を中心に、アートとサイエンスの先端思想を社会実装するクリエイティブプロデューサーの田崎佑樹、異分野の交流をつなぐメディエーター成田真也、サイエンスやテクノロジーに精通するジャーナリスト・ライターの森旭彦らメンバーを擁する。これまでの実績に、サイボーグ・スタートアップ「MELTIN」のウェブサイトに掲載されたコンセプト設計などがある。

ヒプノシス(催眠)で飛ぶ、月世界旅行

「宇宙テクノロジーと瞑想的メソッドを用いたアートパフォーマンス」と聞いて、イメージできる人はさほどいないだろう。宇宙テックに長けた人も、スピリチュアルに精通する人もいるだろうが、両方を真の意味で両立できる人間はそうそういない。ベルリンを拠点に世界各地で活動するメキシコ人アーティストNahum(ナフーム)は、その両立を実現してしまった人物である。自身の宇宙テクノロジーの探求の成果から、EUの国際宇宙連合宇宙においてアーティストとして文化推進を行いながら、イギリスの美大時代に習得したヒプノ・セラピー(催眠療法)の正式な資格も持つ。そして、宇宙芸術のプラットフォーム「KOSMICA」を主宰し、宇宙技術開発者からアーティストまでさまざまな人々を集める活動を続けている。

そんなNahumによる《Voyage》は、約30名の参加者を同時に催眠状態にし、月世界旅行に誘うパフォーマンスだ。「催眠」と聞くとマインドコントロールなどあやしげな術を想像してしまうが、実際には、自らの潜在意識の奥深くに入り込み、記憶を意識の中で“合成”していくセラピー手法の一種である。Nahumはこの手法を「月世界を旅する」というストーリーに変換した。

パフォーマンスは、Nahumによるインストラクションに沿って進められる。まず参加者は会場で円状に並べられたイスに座り、目を閉じ、全身をリラックスするよう促される。彼のおだやかな声に合わせて深呼吸を行い、目や頬や口、肩、腕に入ったあらゆる力を抜いてゆく。静かな会場で、ここまでを約15分間かけて行う。

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次に彼は自分自身が非常に疲れ、ベッドで眠りにつこうとしている記憶、またはイメージを呼び起こすように促す。ここからは筆者の私的な体験になるが、おそらくこのあたりから催眠状態に入っていったと考えられる。Nahumの声は聞こえるが、脳内のイメージは外的な物理世界とは関係なく意識の中で生まれ、より動的になってゆく。いわば起きながら夢を見ているような感覚だ。

Nahumの声に代わって、次にロケットの発射音が聞こえる。スペースシップに乗り込み、宇宙へと旅立ってゆく。筆者のシップは、まるで古い映画に出てくるような、銀色の流線型をしていた。それでいて、シップの内部は現代的な宇宙船なのだ。このように、さまざまな記憶を合成することでイメージが生まれてゆく。

地球から離れた、丸いスペースシップの窓の外は宇宙空間が広がっている。そして、遠くに輝いていた灰色の月は次第に大きくなり、眼前に広がってゆく。

降り立った月の大地はまばゆい銀色に輝いていた。黒い空に星がひときわ鮮やかな光を放って輝いている。月の地平線の上でひときわ青く、大きく輝いている星が見える。地球だ。ほんの少し前まで、あれほど眼前に大きく広がっていた街の風景や、緑に満ちた自然、広大な大地。自分が目にしてきた世界中の風景が、指先ほどの小さな青い球体の中に収まっている風景に、どこか落ち着かず、心細い気持ちになった。

Nahumは10の数をカウントし、目を開くように促す。エルトン・ジョンの楽曲『ロケットマン』が会場に流れ、参加者は現実に着陸した。時間はのべ約50分間。催眠にかかっていたと感じられる時間はそのうち35分程度という印象だった。

参加者の感想には、「酔いそうな感じがした」「体験的には、起きていて、寝ているような感覚。寝ていながらも意識が明確になっている感じ」といった筆者を含む参加者に共通する体験から、「乗っていたロケットに文字が見えた」「月にお城が見えた」「最後に帰ってくるときに、暗いイメージが見えた」といった多様で個性的な体験までがあった。それぞれに用いる記憶が違うため、得た体験は人それぞれ異なる。

催眠状態は実際に体験しなければ分からないが、それほど特別な状態に陥るわけではない。いわゆる「白昼夢」の体験に近い。Nahumは催眠について、インストラクションの冒頭で以下のように話している。

「催眠は、非常に自然な状態で、私たちが日常で体験していることです。たとえば私たちが何かを空想しながら家に歩いて帰っているときにも意識下に生じている現象です。だから、何か奇妙で特別なことだとは感じないでください。リラクゼーションや瞑想のエクササイズのひとつであり、催眠から得られたものは、あなた自身が創り出したものです

世界各国で上演された《Voyage: A Session for Remembering》は、まさにタイトル通り、自らの記憶を思い起こすことで得られる月世界旅行だった。

非物質のアートがつなぐ、宇宙と地球、そして社会

Nahumは人間の持つ想像力や精神的体験そのものを表現の対象とするアーティストだが、彼のプロジェクトはインタラクティブで劇場的なものが多い。《Voyage》のような催眠をはじめ宇宙技術、イリュージョニズム、音楽などの手法を用いて聴衆の想像力へ深くアプローチし、既成概念を書き換え、新たな社会議論を生み出す。続くトークセッション《Orbital Poetics》において、Nahumは自身のプロジェクト《Voyage》を「内的で非物質的なアート」と表現した。

「ジョン・デューイは、彼の著書『経験としての芸術』で、アートを外的で物質的なものとして表現しています。これに対し、私の一連のプロジェクトは、アートがもしも人間の内側で起こる、形をもたないものだったら? という問いかけを行っています。たとえば《Voyage》のように、人に内在する記憶を使ったアートです。そして記憶は、現実を成り立たせているものです。たとえば歴史を書き換えることができれば、現在を変えることができますが、歴史とは人類の記憶です。もしも私たち個人が記憶にアクセスし、その捉え方を変えることができれば、それは新しいリアルを構築することに繋がるのです

Nahumの活動の中核となるものが、彼が2011年に設立した「KOSMICA」だ。詩人、哲学者、アーティストほか文化の実践者によって構成され、「宇宙文化政策」を行う国際的なアート集団であり、ドイツ・ベルリンと、メキシコの首都メキシコシティにオフィスが、ロンドンとモントリオールにパートナー組織がある。その主たる活動は、イギリス、フランス、メキシコ、ベルギーをはじめとした世界各国で、20種類を超えるアートフェスティバルで行われている。

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KOSMICAのミッションは、は宇宙活動における文化的な議論を、芸術・人文科学によって行うことだ。宇宙開発は、言うまでもなく人類に大きなインパクトを与えてきた。「アポロ11号」による人類史上初の月面着陸や、イーロン・マスクの「スペースX」による火星探査計画などは、まさに人類にとっての大きな一歩であり、私たちは種としての進化をそこに感じ、達成感を享受することができる。

しかし同時に、宇宙開発は列強の「植民地主義」によって築かれた世界秩序をより強化し、文化的な分断を助長する側面も併せ持っている。宇宙開発は経済的に豊かで、高度なテクノロジーを有する国家が独占しており、多くの場合、軍事的あるいは経済的な要請に応えることで進められてきたからだ。

Nahumは既存の秩序、社会に大きな影響を与える宇宙開発に文化的多様性を生み出す議論を起こすことが現在の地球上の社会問題を解決する上で重要だと考え、活動している。

「アポロ11号のニール・アームストロング船長の『一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である。』という言葉は有名です。しかしこの言葉は、“ひとりの「男」の小さな一歩”と読み替えることもできます。アポロ計画に参加した32名の宇宙飛行士に女性はひとりもいなかったからです。女性の一歩は月に記されることはなかったのです」

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1960年代に、NASAが、女性の宇宙飛行士志願者に宛てた手紙。どちらも女性の宇宙飛行士志願者の不採用を告知する文章であり、その理由は前例がないことと、科学的な知見や身体的能力の観点によるものと書かれている。

KOSMICAでは、こうした人類の進歩の最先端である宇宙開発で起きていることと、地球上の社会的・文化的コンテクストを紡ぐための活動を多数展開している。たとえば現在進められているのは「身体のオルタナティブ」にフォーカスしたプロジェクトだ。

このプロジェクトでは、アーティストは飛行訓練施設での無重力空間で制作を行う。身体的・感情的にチャレンジングな状況下に置かれた時に、アーティストがどのように人間の身体を考察し、オルタナティブを構築するかを目指している。

「このプロジェクトは、この宇宙に誕生した普遍的な条件の中に自分のみを置き、冒険することだと思っています。私は宇宙とは、“人間とは何か”という問い、そして人間の環境に対する意味を理解するためのツールであると考えています」

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イベントには社会活動家やアーティスト、宇宙開発に携わる人までが集まった。

月に咲いたバラとは?

宇宙と人文科学、芸術の関係を新たに構築していく研究や教育プロジェクトを多数展開するKOSMICAは、文化的な断絶によってもっとも大きな弊害を受けている人々と協働するプロジェクトを行っている。そのひとつが「KOSMICA Journeys」と呼ばれるものだ。世界各国の難民・移民の人々が暮らすシェルターやキャンプを訪ね、「地球を出て宇宙に行く」というミッションを考える機会を提供している

この地球上のどこにも居場所がないと感じている人々に、宇宙という視点を与えることで、自らの居場所を求める自由を感じ、考察してもらえる機会を提供しています。KOSMICAは批評的な活動であると同時に、地球に生きていることを祝福する場を提供する側面を持っています。私たちはこの宇宙、太陽系、そして地球という惑星の中で、他の生物と暮らしを分かちあっている驚異的な存在です。そのことに気づき、祝福することの理由を、宇宙はいつだって思い出させてくれるからです」

私たちの住むこの地球上には目をそむけることができない、自分が無知でいて本当に許されるのかと深く自問してしまうような社会問題が多数存在している。私たちはある意味では、それらに目をそむけることで、恵まれたこの国で自分たちの日常を生きてゆくことができる。

しかし、私たちの想像すら及ばない、逆説的ですらある状況下に置かれた人々の心に咲く、輝かしく、美しい希望を目にすることがあったならば――。私たちひとりひとりは、それをどのように受け入れて、このひとつしかない同じ地球で生きていくべきなのだろうか? 最後に、Nahumが紹介してくれた、シリア難民の女の子が書いた、月の物語を以下に全文記載する。

 

“私は月だ、何万年も地球を見てきた。 大陸が移り変わっていくのも、隕石が墜落していくのも。 しばらくしたら月は気づきました。 地球の上で何かがきらめきはじめていることを。

ある穏やかな日、月は、メタリックなカプセルが 地球のまわりをぐるぐると回りはじめているのに気づきました。 月は「これは一体なんだろう?」と考えました。

カプセルが地球をはなれ、月へたどり着くと、 中から不思議な生き物が出てきて、 ジャンプしたり、遊んだりしていました。 しばらくするとその生き物たちはカプセルに戻り、月に旗を立てて帰っていきました。

月は悲しい思いでそれらの生き物を見送ると、 次は白い服を来た生き物がやってきて、 月から石や砂を集めて帰っていきました。 数度にわたるこの生き物たちとの出会いによって、 月はあることに気づきました。 だいたいこの生き物のことはわかったぞ。 同じような言葉をしゃべり、同じような見た目をしている。

月はよく、地球で生きていることを夢見ました。 そして、それらはなんて単純であろうと思いました。 ところが、それからしばらくして新しい地球人たちがやってくると、 彼らはまったく異なる見た目をしていて、 月が聞いたことないメロディや音で話すのです。

そして月は今までに見たことのない、美しいものを目にします。

地球人たちは、注意深く月の土を堀り、 そこに儚く、美しいものを植え込みました。 それは赤く、不思議な香りがするのです。 月がおそるおそる近くで見てみると、それは月にとっての新しい友だちでした。

地球人たちは、その友だちを「バラ」と呼んでいました。 そのとき月は、まだまだ自分は地球のことを知らないんだな、と思ったのだそうです。”

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