EVENT REPORT

地方に学ぶ、いま東京に必要な「経済の仕組み」ーー映画『おだやかな革命』トークイベント ログレポート

【スピーカー】渡辺智史、坂倉杏介

【司会】千々和淳

EVENT REPORT

地方に学ぶ、いま東京に必要な「経済の仕組み」ーー映画『おだやかな革命』トークイベント ログレポート

【スピーカー】渡辺智史、坂倉杏介

【司会】千々和淳

2018年2月15日、ドキュメンタリー映画『おだやかな革命』の公開を記念したトークイベント「地方に学ぶ、いま東京に必要な「経済の仕組み」がamuで開催されました。本レポートでは、新しいエコシステムをまちの住人自ら構築、循環する地域経済が生まれた地方から東京が学ぶべきこと、東京で叶える豊かな暮らしについて、渡辺智史監督と坂倉杏介准教授にお話し頂いた様子をお送りします。

OVERVIEW

2018.02.15(木)

スピーカー:
渡辺智史(映画監督)、坂倉杏介(東京都市大学都市生活学部准教授 )
司会:
千々和淳(株式会社コンセント / amuディレクター)

INDEX

  1. 映画を通して、身近にある懐かしくて新しい価値観を伝えたい
  2. 地方に育まれている東京
  3. 互いに補い合う、これからの地方と東京の関係
  4. 静かに始まっている革命に私たちは気づくことができるか

映画を通して、身近にある懐かしくて新しい価値観を伝えたい

ーーみなさん、こんばんは。「地方に学ぶ、いま東京に必要な「経済の仕組み」――映画『おだやかな革命』」トークイベントをはじめたいと思います。司会を務めさせていただく株式会社コンセントの千々和と申します。よろしくお願いします。本日は、自然エネルギーを用いた地域再生のストーリーと本質的な豊かさについて問うドキュメンタリー映画『おだやかな革命』の監督を務められた渡辺智史監督と、様々な地域でコミュニティ事業に携わられている東京都市大学の坂倉准教授にお越しいただき、映画のキーワードとなった地域の再生やエネルギー、コミュニティが都市に住む私たちにとってどんな意味を持つのかを考えていきたいと思います。それでは、最初に渡辺監督から自己紹介をお願いします。

渡辺:本日はお集まりいただきありがとうございます。私は山形県鶴岡市という日本海側の地方都市在住で、主にドキュメンタリー映画を制作しています。今日は『おだやかな革命』を未見のお客様が多いと伺っていますが、作品を見ていただく前に映画のことを話す経験はなかなかないので、見ていただいた時に普通に見た時とは違う味わいが生まれるように積極的に回り道をしたいと思います。
この『おだやかな革命』は、北は秋田県から、福島県、岐阜県、岡山県のと4県にまたがり、市民の方々がお金を出し合って地域のための自然のエネルギー事業を立ち上げた場所を取材をするところから始まりました。作中、いわゆる限界集落と呼ばれる人口250名ほどの人の岐阜県郡上市の石徹白、1600人の岡山県英田郡の西粟倉村などが出てきますが、これからの社会のあり方を自分ごととして考え、その自分たちでできる選択のひとつとしてエネルギーや環境に働きかけた人たちのドキュメンタリーだなと取材を通して思うようになりました。食べ物などと違い、自分で何かをしなくても家に届くエネルギーを誰かに任せることなく環境にいい形で自分たちで選択し、道を切り開いた人たちの姿から見えてくるものを、ぜひ映画を通して感じていただきたいと思います。

ーーありがとうございます。ここで予告編を見てみましょう。

渡辺:この映画には岐阜県郡上市の石徹白に移住した平野彰秀さんという方にご出演いただいているのですが、実は平野さんは10年前にポレポレ東中野で上映されたドキュメンタリー映画『水になった村』(2007) を見たのがきっかけで移住されたんです。ダム建設で水に沈んでしまった岐阜県揖斐郡の徳山村に、水に沈む日の間際まで暮らし続けた老夫婦を取材したこの映画の上映当時、平野さんは東京の外資系コンサルティング会社に務めてらっしゃいました。映画を見るまではエネルギーや暮らしのことについて考えたことがなかったそうなのですが、映画を見て、失われていく文化や暮らしというものがすごく愛おしく思えて、彼の生まれた岐阜という土地にはまだそういうものが残ってるのではないかと、故郷の岐阜に戻り、そのあと石徹白に移住されました。まさか10年前の映画をきっかけに会社をやめて移住された方が、その10年後に同じ映画館で上映されるドキュメンタリー映画に出るなんて想像できないことですよね。『おだやかな革命』の舞台挨拶で平野さんがその話をされて、その翌日に『水になった村』を撮られた写真家の大西暢夫さんの提案で急遽3人のトークイベントを開催したのですが、映画の持っている運命というか人生を変えてしまう力というか、「何百万人が感動した」とか「全米が泣いた」という大それたものではないけれど、一人の人生が変わり、そこから新しい物語が紡ぎ出されていくのは、ドキュメンタリー映画の面白いところだなと思いましたね。

ーーこの『おだやかな革命』を撮るきっかけというのは何だったのでしょうか?

渡辺:地元の山形に帰って映画を撮っていた時に東日本大震災があって、いつ放射能が山形に届いてしまうのかという恐怖が漠然とあったんです。被災当時は自分がエネルギーのことについてドキュメンタリー映画を撮るとは思っていなかったし、原子力発電をはじめとするエネルギーの話は自分ごととしてなかなか考えにくかったんですよね。しかし、震災から3年ほど経って、各地で地域の人たちが出資してまちのための市民電力会社を立ち上げる姿を見た時に、これが新しい社会の形なのだと確信しました。誰かに任せておける部分にあえて事業として参入していくことで、社会に対するミッションや価値観、理念みたいなものが変わるんじゃないかなと。当初はエネルギー会社を5社ほど取材しようと企画を考えていたのですが、取材を進めるうちに、ニュース番組で扱われるような即時的かつ単一的なテーマではなく本質的な豊かな暮らしにフォーカスした映画として作り直さねばと思いました。ちょうどその頃、岐阜県の石徹白で取材をはじめたのですが、移住された平野さんご夫妻が旦那さんが小水力発電、奥さんが石徹白洋品店をはじめるという話を伺い、完全にイメージとつながりましたね。

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ーー取材されていくうちに監督ご自身の考え方に変化があったということですね。

渡辺:以前からローカライゼーション(地域化)について撮りたいと思っていたんです。震災後、『しあわせの経済学』というドキュメンタリー映画が上映されたのですが、映画では今の社会が抱えている心的かつ経済的な不安は行き過ぎたグローバライゼーションの結果なんじゃないかということを問いかけていて。個人が政治を大きく変えることはできませんが、ローカルな経済活動から社会を変えていくことはできるという希望の映画だったんです。生産者や売り手が明確に見える「経済のローカル化」が答えなのだと受け止めました。当時は前作『よみがえりのレシピ』の撮影真っ只中で、食べ物とエネルギーの大切さは自分の作品を通しても身に沁みて感じていたこと。そのため、3本目の映画の企画は発酵食品やニホンミツバチのハチミツなど「食」に焦点を絞って調べていたのですが、鳥取県のパン屋・タルマーリーさんの本に、モノやお金だけでなく人々の志も地域内に循環していくこれからの社会の形が示されていたんです。そして、大和川酒造店の現会長から福島の市民電力についてのお話を伺った時に、あらためて「エネルギーでローカルから何ができるかを撮ろう」と決めました。エネルギーをテーマにはじめた取材でしたが、市民電力を起こすことによって見えなくなりつつあった昔からあるコミュニティの人間関係や人のつながりが呼び覚まされていくことに気づき、ローカライゼーションの視点でそれらを追うごとに幸せな暮らし、人生といった話に繋がっていきましたね。

ーー実際、上映後の反響はいかがですか?

渡辺:おかげさまで徐々に動員数が伸びていて、年齢層も10代から80代と幅広い世代の方が観に来てくれています。映画をみてくださった方の感想にはどれも、今までの労働や消費のあり方についての疑問、そして「自分でも何かをしたい」という気持ちが生まれたという共通点がありました。この映画をきっかけに移住しようと思った方や、エネルギーの選択を自分でしてみようとという方など、意識の揺らぎは大なり小なりあったと思います。こういう時代だからこそ見えてくる懐かしくも新しい価値観の必要性、そしてそれは意外と身近な場所にあるんですよね。

ーー上映されているポレポレ東中野では石徹白洋品店さんをはじめとする地物のショップが開かれてましたよね。

渡辺:初日にマルシェを出店しました。マルシェはまさにローカル経済の一番分かりやすい形なので、この映画と併せて見せていきたいと思っています。

地方に育まれている東京

ーーここから坂倉先生も交えてお話を伺いたいと思います。

坂倉:こんばんは。坂倉と申します。この映画は、ローカルで運営されているエネルギーとこれからのエコシステムの話で、みんなが薄々感じている新しい価値観のようなものに実態を与えてくれる映画だと思うんですね。たとえば「東京は生きづらい」という言葉はよく耳にしますが、感覚的には理解できるものの、他人が認識している意味が自分と同じだとは言い切れず、「本当にそうなのかな」と自信が持てないというようなことがよくあります。しかし、その漠然と感じていた思いが、この映画を見終わった時に「やっぱり感じた通りなんだ」という確信に変わる。

さて、自己紹介ですよね(笑)。私は今、東京都市大学で教えていて、現在のメインフィールドは世田谷なのですが、以前は慶應義塾大学三田キャンパスにおりまして、港区役所と共同で港区の芝地区の住んでらっしゃる方同士の関係を構築する活動を10年ほど行っています。最初は「芝の家」という誰でも集まることができる居場所を作るところからはじめました。東京の都心部なんて人は住んでないと思っている地方の人に芝の家に来てもらうと「東京にこんな田舎っぽいところがあるのか」と驚かれます。このように、コミュニティ構築や運営がメインの活動で地域づくりを専門としています。

ーーそんな坂倉先生から見た東京は現在どんな状況にあると思われますか?

坂倉:東京全般に当てはまるかは分かりませんが、今はこれまで通りの価値観とシフトしつつある新しい価値観がちょうど混ざり合っている時で、正解のない中で手探りが続いている雰囲気があります。東京が将来的にどういう方向に進んでいくのかまだわからないのですが、戦後の復興やこれまでの経済成長と同じように発展していくことはないはずです。にもかかわらず、従来の成功体験から頭の習慣が切り替わっていないんですよね。想像力が及ばずに変われない人、これからのことを考えようとしている人が混在しているようにみえます。だから、この映画を観た東京の人たちは、「可能性を感じられる人」と「あれは地方の話だと思う人」で二極化すると思うんです。でも、長い目で見たら、都市部であってもこれまでの延長線ではない違うルールや価値観にシフトしていくと思います。しかし、そうした意識の変化がないまま開発だけが淡々と進んでいくことに対する危機感は感じている。映画で語られるような新しい価値観が広がっていって、シフトチェンジが起こるとよいのですが、東京がどういう選択をしていくかですね。

 

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ーー東京はちょうど2020年のオリンピックを目指し上り調子のように感じていますが、一方で人口減少や、仕事があるのに働き手がいない等のマイナスな話も耳にします。東京を小さな地域の集合体として見た時はどうでしょうか?

坂倉:仕事があるのに人手がない、とはいえ今でも通勤電車は人でひしめいていて、これ以上過密になったらどうなるのでしょうか。東京は近所付き合いといった生活の部分も含めて土台がしっかりしていないのに、上に乗っている経済システムが大きすぎるんです。本当は子育てにしても隣近所でちゃんと関係を作り、みんなで安らげる場所が充実していれば、それほど辛い思いをしなくても済むかもしれない。しかし、一極化した経済システムがこれだけ巨大になると、遠くまで時間をかけて通勤するのが当たり前になってしまいます。だからその負荷を減らすサービスを増やさなければやっていけないのですが、もっと小さなまちであれば、そこをサービス化しなくても大丈夫なような気がしますし、東京でも、住んでいる地域に世代を超えたコミュニティが得られるだけで暮らしの安心感は大きく違ってきます。それが、実際に港区で10年間コミュニティ運営をしてわかったことです。また、東京にはたくさんの建物や美味しい食べ物があるのですが、それらを作る材料や食料はほとんど東京で取れたものではないことを東京の人は忘れてますよね。人間も同じで、東京以外からたくさんの才能が集まってきている。どんな都市でもそうなのですが、都市は都市以外の豊かな地方によって育まれます。それを東京で暮らす人が忘れてしまうと、地方が持続できなくなってしまう形の経済を押し付けてしまう。東京で暮らすということを選択している人には、そういった暮らしを支えている一歩向こう側のことを想像をできる機会があればいいなと思いますね。

ーー共生のバランスを個人レベルで意識できればいいですよね。

互いに補い合う、これからの地方と東京の関係

渡辺:東京も地方もある部分では同じ悩みを抱えていると思うんですよね。大きなチェーン店が並ぶ街道沿いや商店街のシャッター通りといった似た風景があり、変わらなくなった消費行動を考えると都市も地方も郊外化してきているというか。お互い何も変わらないままだと自立できずに共倒れになる状況だと思うんです。では、どこから変えていけるかと考えたときに、自分たちの手で発電事業を興した飯館村の方々のような形で自立するのが理想ではありますよね。そして、ひとつの村としての活動に止まらず、都市の人が地方の物、エネルギーを消費するという形で都市と農村が手を携えて顔の見える関係の経済を作り直せるといいですよね。従来のスーパーマーケットのように商品が淡々と置いてあるのではなく、作り手・売り手・消費者と全員の顔が見える状態でその関係性を感じながら、自分の消費が生産者の活力になるという心ある形で経済をローカライズしていく都市と地方の共生が命題になると思います。地方には自然資本やエネルギーになる資源がたくさんあるので、そうした資源の価値を都市の消費と地方の供給という形で相互に高めていく関係性が作れればいいんじゃないかと思いますね。

ーー坂倉先生が運営されている芝の家ではは地方の方とのやり取りはありますか?

坂倉:年に一度、芝地区と地方の顔の見える交流を行う24時間トークカフェというイベントを行ったりしていますが、資源やエネルギーの交換というところまではできていませんね。エネルギーの話などは小さな地方の町村で身を置いて考えたことがある人でないと都市部の人はなかなかピンとこないかもしれません。エネルギーには抽象度の高低というのがあると思っていて、電気や石油は抽象度が高いので、ひとたびエネルギーにしてしまえばいろいろな目的に使うことができますし、交換も自由。抽象度を高くして色々なことをやろうというのが近代社会なのですが、映画の中で西粟倉村で地元の木材を用いてボイラーを炊くシーンがありましたよね。実際に暮らしている地域にはたくさんの木材という燃料があるのに、これまでは、暖を取るのにわざわざ稼いだお金で石油を買ってきて、それを燃やしている。都市部以外では、これまでの価値観に囚われず、こういう新しい循環の価値に気づく人がどんどん増えている感じがあって、そこに私は変わる可能性を感じます。

渡辺:まさに。個人の実感、身体的なものをベースに交換、共有されるものが、結果的に経済価値を生み、お金が循環する仕組みが理想なんだと思います。そうして身の周りにある地域にあったものが活用されていき、文化的なものや伝統的なものが東京も巻き込みながら維持することができます。実際に、地方の限られた地域だけではそこにある伝統文化などを守ることは非常に難しくなっていますが、都市が地方を支えるという一義的な関係ではなく、相互に補完的な関係を作ることで守られていくのではないかと思います。東京と地方とで互いの足りないところに良い関係を築くチャンスというか余白があると思いますし、そういう発想の転換が持続的な関係や面白い物事を生むんじゃないかなと坂倉先生のお話を聞いて思いました。

静かに始まっている革命に私たちは気づくことができるか

ーー足りないところに自分が関われる余白があるのではないかというお話で、東京ではものが溢れて満ち足りている状況ではありますよね。そういう余白自体が東京にはないかとも思えますが、その中で新しい地域経済を作るのは可能なのでしょうか?

坂倉:地方の地域経済や市民レベルのエネルギー事業が東京で叶えられるかというと、少し想像しづらいですね。そもそも必要なのかもちょっとわからない。仕事があって普通の生活を送れていても、生きてる実感という意味では別な気がして。東京では、地域経済を作るということよりも、重要なのは生きている実感だと思います。徳島県の神山町でオフィスを運営されているソフトエンジニアの方が、神山にいると色々な人に会えると言っていました。東京はとにかく人がたくさんいるけれど、自分に似た人が大勢いるんです。エンジニア、プログラマの方はたくさんいるし、むしろ自分がその職業で働いているとエンジニア、プログラマ以外の人に会う方が難しい。でも、神山町にいくと当時はプログラマがいない環境で、「プロのプログラマとしてこのまちに参加してるんだ」という実感が沸くとおっしゃるんです。そして、田舎の四季折々の変化の中で、梅雨時になったら家がカビるといったリアルな暮らしを感じながら生きている。食の面でも、獲った鹿や猪を捌いて食べるという環境に慣れると、これまではコンビニでおにぎりが100円で売ってるのは当然だった感覚が実は当然じゃなかったっていう世界観になる。この感覚の中で次の社会や技術を作っていかないと、絶対間違える。都市生活の中だけの「売れる/売れない」「あり/なし」で社会を作っていったら絶対に間違える。神山町の彼はまちのおじいちゃんにスマホの使い方を教えてあげたら感謝されて、人間の存在としての嬉しさを感じたそうですが、それは会社で業績が評価されたときの嬉しさとはちょっと違いますよね。

渡辺:私も都市から地方に帰って、仕事がしやすくなったんですよね。東京にいた時はドキュメンタリー映画で生計を立てるなんてまったく想像がつかなかったのです。それが田舎にいくとまちの映画サークルがあったり、農業団体があったり、地域での役割をそれぞれが担っていて、サービスとは違う地域のつながりで仕事に協力してくれるんです。出会った方々が映画を応援してくれるだけでなく、企画のヒントをくれたり、こんな人がいるよと紹介してくださるので、無理をしなくても自然と仕事が生まれ、回っていくようになりました。前作『よみがえりのレシピ』にもご出演いただいた山形のイタリアン「アルケッチァーノ」のシェフは開店当初はお客さんも少なく人件費や材料の仕入れのやり繰りにも困っていました。そこで、原価を少しでもかけないように、地域に生えていた山野草を使って苦肉の策で創作したパスタが大ヒット。そこからアクが強い山野草を料理にアレンジするセンスを磨き、素晴らしい料理に仕上げる料理人として脚光を浴び、お店も今では繁盛しています。今では海外でも有名シェフが山野草を使った料理を作るのは大きな潮流になっているそうです。お金に頼り過ぎないことで、、新しい発見が生まれるというプロセスはあるのではないでしょうか。なんとかする、生きる甲斐性、生きる力みたいなものが生まれてくるのではないかと感じています。

ーー東京では気づきにくいことですね。

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坂倉:東京に住んでても、好きなまちとの関係ができると、ちょっとした自分のアクションがすぐダイレクトに人に届いて活躍できますよね。人の密度が低く、ゆっくりとしていて、地域の循環するエコシステムがダイレクトに見えやすいところにいると、自分がきちんと歯車になっている実感がある。歯車というと一般的には悪いイメージですが、空回りせずにちゃんと他の人と嚙み合っている歯車は幸せなんだと思います。何かの役に立たなくても、評価されなくても、私はここにいるという実感を得られるのは親密な信頼できる人間関係があってこそ。さらに、その中できちんと社会の中にいるということを実感してはじめて安心できる。今の社会は明日どうなるかわからない不安な社会。私が生きている世界が何百年も前から変わらずにあって、この先もちゃんとあるという実感を得ながら生きるのと、それに触れられずに来年も生きていられるかなという漠然とした不安を抱きながら生きるのは、暮らしの質が全然違う。目先のお金の問題よりも自然環境を保全することに経済的意味を感じ、また明日もこの社会の中で、私が私で居られるという実感を感じ続けられる暮らしが、映画の中で取り上げられた地域では実現されていましたよね。

ーー東京は地方の真似をする必要はなく、つながりのある暮らしで得られるリアリティが大事なのですね。

坂倉:この映画のタイトルは素晴らしいと思います。今、日本が直面してる革命って、人口構造や経済構造が知らず知らずのうちにどんどん変わっていくことによってこれまでやっていたやり方が機能しなくなる内的な理由による革命ですよね。そこに気付けるかどうかが自分たちに問われているという意味で、示唆的なタイトルだなと思いますね。

渡辺:フォークソングで「おだやかな暮らし」という曲があるのですが、何もない日常をいとおしむという曲なんですけど、そのおだやかさが映画のテーマにぴったりで、そこに自分が気になっていた「革命」という言葉を付けました。このタイトルのように暮らしを愛おしみながら過ごせる人が増えることを願っています。

amu

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