EVENT REPORT

越境するクリエイティブ 2/2

【ゲスト】野間 寛貴、田村 祥宏、橋本 健太郎、田端 将伸

【聞き手】千々和 淳

EVENT REPORT

越境するクリエイティブ 2/2

【ゲスト】野間 寛貴、田村 祥宏、橋本 健太郎、田端 将伸

【聞き手】千々和 淳

2017年10月17日に開催された「越境するクリエイティブ」のログレポート(後半)を公開。地元中学生を対象として行われた教育プロジェクト「横瀬クリエイティビティー・クラス」の話題を中心に、教育現場やクリエイティブの現状についてなど、熱いトークが繰り広げられたその様子をお届けします。

OVERVIEW

2017.10.17(火)

ゲスト:
野間 寛貴(Garden Eight Director / CEO)、田村 祥宏(EXIT FILM inc. CEO / Film Director / Creative Director)、橋本 健太郎(SCHEMA Inc. Performer)、田端 将伸(横瀬町役場 主査)
聞き手:
千々和 淳(amu ディレクター)

INDEX

  1. 物事が動いていく条件と、その瞬間
  2. 世界水準の教育で人生が変わった子供たち
  3. 熱量を形に変えるための働き方
  4. 単発で終わらせないことが「成果」

物事が動いていく条件と、その瞬間

越境するクリエイティブ 1/2はこちら

千々和:後半は埼玉県秩父郡横瀬町を舞台に行われた教育プロジェクト 横瀬クリエイティビティー・クラス のお話を伺いたいと思います。前半の野間さん、田村さんに加え、後半からはプロジェクトメンバーの田端将伸さん、橋本健太郎さん(ハシケンさん)にもご参加いただきます。それでは、後半からご参加いただいたお二人の自己紹介をお願いします。

橋本:みなさんこんばんは。Schema Inc. の橋本と申します。僕の会社は主にアプリ開発やWEB制作などをやっています。支社が台湾にもあるので、行き来もしていますね。僕は地元出身ということで今回のプロジェクトに関わらせていただいています。宜しくお願いします。

田端:こんばんは。埼玉県秩父郡横瀬町は池袋駅から電車で74分、山に囲まれた場所ですが、今日はその田舎町からやってまいりました。田端と申します。宜しくお願いします。

千々和:早速、このプロジェクトのはじまりについてお伺いしたいのですが、最初はどんな形で始まったのでしょうか?

橋本:もともと僕は田村さんや野間さんを KUROKAWA WONDERLAND を通じてすごくステキなことを実行している人たちだなあと感心しておりました。一方で、地元では西武鉄道をはじめ、色々なキーマンが場づくりの現場から集結してきている状況がありました。そのパワーに触れて、さらに盛り上げていけないだろうかと考えていたところ、東京で知り合った知人がたまたま秩父で活動しているメンバーと知り合いで、田村さんと野間さんを誘ってキャンプをすることになったんです。これは何か起こるかもしれないと思い、化学反応を起こせないかと横瀬のキーマンをそこに呼びました。そしたらあっという間に仲良くなって、これから起こりそうなことにわくわくしたのが最初の出会いの場でしたね。

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田村:その後、横瀬の件とは関係なく個人的に秩父にキャンプに行ったのですが、そこに横瀬の町民の方がきて、肉と酒を持ってきてくれたんです。でも、自分たちで食べて飲んでましたけどね(笑)。これは何かを期待されているなと感じたのですが、横瀬で KUROKAWA WONDERLAND と同じ規模のプロジェクトをやるのは少し違うかなと思っていました。そもそも、この町に何が必要なのか、僕たちも町民である彼ら自身も理解できていなかったので、まずはそれを探るクリエイティブソンをしようというのがはじまりでした。
でもそれを野間さんに言ったら、「やるならやりますよ。ただ、クリエイティブソンのみやってもそれは意味はないと思います」と言われてしまい…。悩んだ末に「今回は教育だ」と思い立って。以前から博報堂さんの未来教育会議に帯同してオランダやデンマークの教育現場を視察したり、リクルートさんをはじめ教育に関わっている企業さんとも色々と話す機会もあって、自分の中で教育に対する気持ちが高まっていたというのもあり、これまでは「地域」「障害者スポーツ」と来て今回は「教育」でいこうとまとまったところで、野間さんに「教育プログラムにしました」と報告したら「僕、実は学校やりたかったんですよ」とか言いだして(笑)。

千々和:もともと野間さんも教育に興味があったんですか?

野間:元からあったというよりは、何となく「面白そうだな」と思っていたくらいです。ただ、ハッカソンをやることに関しては、田端さんに誘われていたこともあり、責任を持って参加はしますが、ハッカソン自体に意味を見いだせていなかったので別の試みも必要だとは思ってましたね。

田村:その後に、富士通総研の佐々木哲也さんや、SHIFTBRAIN の鈴木慶太朗くん、AID-DCCの鍛治屋敷圭昭くんや田渕将吾くんにも声をかけてみたら、みんな割と軽いノリで「いいよ、やるよ」と答えてくれたのですが、こちらからすると「あ、言っちゃったな」という感じでしたね(笑)。このプロジェクトに参加してくれた方は「横瀬のためではなく自分の得に出来るのだったら来てほしい」と声を掛けて集まってくれた人たちでしたが、その時がまさにプロジェクトがスタートする瞬間でしたね。さらに大企業の方たちや、総務大臣補佐官まで参加してくださって、プレッシャーを感じつつ、自分の気持ちに勢いがついた感じでした。

千々和:一方、田端さんの方では地方で事業をしたい企業や個人をサポートする取り組みである「よこらぼ」が始まっていたんですよね。横瀬町として、こういう取り組みを行う話は以前からあったのですか?

田端:正直に言うとクリエイティビティー・クラスが始まる直前にできました。今ご紹介いただいた「よこらぼ」は官民連携の事業なのですが、いまでは普通にどこでもやってること。自治体が少子高齢化に向け民間企業さんと連携などってよくあるのですが、横瀬町ではそういう当たり前の町からの課題の話は抜きにして、応募のテーマを提案者が地域のために自らが得意とすることを実施してもらう「なんでもあり」にしました。何かをやる時って成果や目的、予算組みの話などが付きまとうものですが、そういうことを少し置いといて、結果、町民のためになる事業を応援する制度が「よこらぼ」なんです。よこらぼに提案をしてみて、審査に合格すると町のサポートが得られる仕組みです。 実績のある田村さんたちにはよこらぼの取り組みや地域の課題とは関係なく、お二人の地域をどうにかしたいという気持ちを優先して、やりたいことを提案してもらいました。審査に合格したあと、事業を進めていく上で新しい考え方、スピード何もかもついていくのがやっとで、でも横瀬町がそれに応えてやる気を見せられるのかどうかが重要でしたね。田舎町って新しいものには積極的に手を出さないのですが、4月に開催したハッカソンでは町長が「これはすごいことになるぞ」と期待してくださった。自分もどうなっていくのか、まったく未知数でしたが、参加した子供たちの変化していく様子をみると、田村さん、野間さん、ハシケンに黙ってついていって、この横瀬クリエイティビティー・クラス を町としてサポートしていこうと。

千々和:そこで町長も巻き込むことができたんですね。

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田端:当日は横瀬町の町長、副町長、教育長が勢揃いでした。そして、このプロジェクトのテーマが「教育」ということで横瀬町の中学生を対象に参加者を募集したのですが、全校で240人も生徒がいるはずなのに最初は全然集まらなくて。「3年生は高校受験の勉強で忙しい、1年生は小学校から上がってきたばかりで大変、2年生ならば」と学校の先生に言われていたので、実際に2年生を中心に声をかけたところ、はじめに集まってくれたのは2〜3人くらい。「ちゃんと人集めするのが田端さんの仕事でしょ!」なんて言われながら、保護者をまわったり、部活動をまわったりと参加してくれる生徒集めに奔走しましたね。
でも、なんだかんだで3年生がすごい興味を示してくれて。先生に「3年生でも希望者がいれば参加を許可してほしい」と掛け合ったら、最終的に15〜6人も集まってくれました。

田村:生徒たちは当然「クリエイティブ」というものが何か分かってなくて。クリエイターといえば思いつくのはミュージシャンくらいで、アートディレクターやプロデューサーがどういう仕事なのかは知らないんですよね。そもそも触れているものが僕らの世代と違うから、昔のCMや売れたゲームのことを話しても全く刺さらないし、こういう感じかぁって思いましたね。

世界水準の教育で人生が変わった子供たち

千々和:プロジェクト自体は中学生のクリエイティブ教育を目指したのですか?

田村:クリエイティブ教育とキャリア教育ですね。オランダにいる時に、学校の中で奇抜な格好をしたおじさんがふらふら歩いていたので「何をしてるの?」って聞いたら「私は美容師だよ」と。「美容師さんがなぜここへ?」と聞いたら「いやいや、授業しに来たんだよ」と。驚いて「何の授業するの?」と立て続けに聞いたら「僕は美容師だから美容の授業するに決まってるだろ」と。つまり保護者たちが、自分たちの就いている職業について授業をしている、そしてそれが極めて普通のこととして行われている環境があったのです。
もう、教育に対する常識が日本と全く違ったんですよね。まちを見ていると、学校は誰もが入れる場所で、誰もが学べる場所、つまり「みんなの」学校なんです。また、オランダやデンマーク、アメリカのポートランドもそうでしたがクリエイティブな仕事に携わる人たちの地位が社会的に認められている土壌があって、その上で教育に参加しているんです。クリエイティブな仕事に正当な対価が付けられ、また尊重されています。分かりやすい例でいうと、デンマークの家具店で、家具の種類名ではなく家具職人の名前で家具が売られていました。を売るんです。クリエイティブに関わる人たちのあり方について、日本でもその価値を僕たちからも周知していきたいと思いました。そのためには、クリエイティブの基礎教育はもちろん、社会の色々なところでこんなにもクリエイティブが役立っているということを教え、そしてクリエイティブな職種やスキルを「キャリア」という括りで引っくるめて教育すれば、専門家になりたい人だけでなく、社会生活を送る上で必要なものとして誰でも学べますよね。このプロジェクトはこういう背景があって進んでいったんです。

千々和:具体的にはどういう授業を展開していたのですか?

橋本:授業は全10回で、プロデューサーがどんな仕事なのかを学ぶ授業やプログラムを作る授業、イラストレーターの授業など、参加してくれたクリエイターの専門分野によってクラスが分かれていて、各職業ごとに前後編2回で構成されてます。実際の授業の枠を使って、場所は中学校の1教室を使わせてもらって行いました。

千々和:授業では、さっきの話に少し出てきた音楽のクラスも人気だったとか。

田村:やっぱり分かりやすさで圧倒的に音楽が多かったですね。でも、最初のクリエイティブソンでチーム分けした当初に人気だった授業と、実際にクリエイティブをつくる段階での授業の希望は全く違いました。最初は違うクラスを選んでいた生徒が「将来はプログラマーになりたい」って言ったり、参加した生徒の人生がガラッと変わった様子がよくわかった。

橋本:顔つきも行動も変わっていきましたね。この年代って年齢的に難しい時期っていうのもあるけど、興味があるものに対して真摯に向き合って熱中するところがあります。ただ、全くそれを口にしないので、はじめはどうなるか心配していました。いざ始まってみると大人でも難しいのではと思っていた授業を楽しそうに夢中になって取り組んでいる生徒たちの姿を見て、普段口には出さない彼らも自分の興味があるものに対して情熱的に向き合う気持ちがきちんとあることが分かり、それにとても感動しました。

田村:僕が担当した映像の授業は、よくあるような「映像をつくる体験をしてみましょう」といったライトな向き合い方をするのは嫌だったので、生徒たちにはただ映像を撮らせるなどではなく、座学からみっちりと叩き込みました。生徒にとってただ「楽しかったね」で終わったのでは、貴重な時間が無駄になってしまう。映像制作は色々な仕事に通じる点、例えばリーダーシップやチームビルディングやプレゼンテーションやディスカッションなどの技能がどの瞬間にも隠されていて、それを知ることの意義を感じてほしかった。

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千々和:野間さんは何の授業をされたんですか?

野間:僕はハシケンさんと一緒にディレクター、プロデューサーについての職種紹介。主に、企画やプロモーションとは何かについて教えました。クリエイティブという枠の中では前段的な部分ですね。

千々和:それらってなかなか中学生の頃に思いつく職業ではないですよね。クリエイティブ、ひいては社会や会社、商流、プロジェクトのあり方をまだ理解してない生徒に教えるのは大変だったのでは?

橋本:そうですね。でも鈴木慶太朗さんや鍛治屋敷圭昭さんをはじめ各先生方は、さすが一線で活躍されているクリエイターさんだけあって教えるのがうまかったですね。鍛治屋敷さんなんて授業用にオリジナルのゲームを作ってきて、パソコンを使わずにプログラミングの授業を展開してました。
この授業のためにオリジナル教材を作って持ってくるなんてすごいですよね。クリエイターさんたちの意気込みを見ていると、あの時のクリエイティブソンが良い起爆剤になっていたことを実感しましたね。さらに全10回の授業を進めつつ、同時並行で生徒たちとアウトプットの制作に取り組んでいます。これは田村さんを中心に実際に映像を作ってみようというプログラムで最後に来月の2017年11月に発表会をやって終わろうかなともくろんでいます。

熱量を形に変えるための働き方

千々和:来月2017年11月の発表会で締めとなりますが、そろそろゴールが見えてきている中で苦労話やまちの方からの反響などはありましたか?

田端:4月のクリエイティブソンから現在のアウトプット制作まで、実は予算は一銭もありませんでした。4月のクリエイティブソンはクリエイターのみなさんから会費を頂いて……そうしてまで横瀬町のためにひと肌脱いでくださったクリエイターさんたちの心意気に感動しましたね。しかし、これだけのプロジェクトを経ても横瀬はまだまだ田舎で、クリエイティブとかクリエイターという言葉に無頓着な地域。これを継続的に行えるようになればすごく良くなるんじゃないかなと思ってます(笑)。

田村:クリエイターの皆さんには最初に「横瀬で自分の仕事の意味が見つけられないなら来ないでほしい」と強気に声をかけてしまったのですが、「横瀬のため」を目的にしなかったことがいい意味で作用して良かったと思ってます。

橋本:本当に濃いメンバーが集まってくれましたよね。本音をいうと、最初は「こんなにすごい人たちを集めちゃって大丈夫かな?」って思ってました。でも、気づけば熱量が連鎖をおこして、各メンバーの熱量がどんどん高まっていくのを感じることができましたね。波長が合わなければそのまま終わってしまう可能性だってあったのに、このプロジェクトではその熱量が共鳴しあって、行動へと変わっていったんだなぁと感慨深くなりました。あとはやるしかない!っていうところまで、その熱量が渦巻くままに一気に駆け抜けていきました。

田村:そういえばこの間、プロジェクト参加メンバーの徳谷柿次郎(株式会社Huuuu代表取締役)がクリエイティブソンで出たアイデアをやりたがってましたよ。柿次郎チームが「ダイナマイトご飯」っていうアイデアを出したんですけど、それを実現したいって。

千々和:「ダイナマイトご飯」って何ですか?

田端:横瀬には石灰岩の採石現場があって、毎日お昼の12:30にダイナマイトで石灰岩を爆破をするんです。その爆破した石灰岩を運ぶ作業を毎日繰り返しているんですけど、子ども達はダイナマイトの音を聞いて「ああ12:30だ」と思うわけですよ。

田村:僕たちは横瀬に来たとき「そういうものか」と普通に受け入れてたんですけど、柿次郎は「いや、おかしいだろ」って掘り下げはじめたんですよね。そう言われてはじめて、自分の村にある山が毎日ダイナマイトで爆破されていて、その音を聞いて「さぁお昼ごはんにしよう」って確かにおかしいよなって(笑)。

橋本:その後、横瀬の新しい名物を作ろうっていう話になって、どうせ作るなら激しい方がいいよねということで名前は「ダイナマイトご飯」になったんです。

田村:早速、近くの道の駅で地元の人に声をかけて撮影に協力してもらって「ダイナマイトご飯を作りましょう!」というPVを作ったのですが、あれは面白かったですよね。集まってくれたクリエイターのほとんどは、何もないところから何かが生まれる可能性を見てみたくて仕方ないといつも思っている人たち。だからいろんなことを一緒に実現できるし、挑戦できるので、普段から仕事を楽しんでできるんですよね。彼らにとっても僕にとっても横瀬町は「こういうことならできるかも」っていう夢を描いて、実現できる場だった。当事者であるまちの人たちを巻き込むことで新しい課題なども見えてくるし、そうした活動が町長公認だったというのもよかったんだと思います。

千々和:このプロジェクトをやってみて、みなさんの普段の仕事への影響や再発見はありましたか?

野間:会社に全然行かなくなりました。ずっと横瀬にいるから。8月で、一番一緒に飲んだ人は副町長ですよ(笑)。

橋本:経営している立場からいうと、会社での業務をいかに利益に還元するかを常に考えているのですが、この場合は「他では得ることのできない経験」を社員に還元できたと思ってます。うちの社員の参加率は非常に高かったし、しかも自主的に参加していたんですよね。普段は社外の人と接する機会も少ないですし、一流のクリエイターのすごさというのを作品を通じてではなく、直に肌で感じることができたことは社員にとって貴重な経験だったと思います。普段はシャイだったメンバーがこのプロジェクトの後はとてもオープンになったりと、生徒だけでなくこちら側にも良い変化が見えましたね。

田村:プロジェクトに参加したメンバーの結束力もすごかったですよね。自腹を切って覚悟して参加したことで、尋常じゃないチームビルディングができていたと思います。

千々和:メインの事業や業務への影響や支障はなかったんですか?

野間:さっき会社いけなかったとは言いましたが…社内の参加メンバーは大変だったと思うんですけど、クライアントワークに支障が出るほどではないかな。

田村:うちはめちゃくちゃ影響ありましたね(笑)。 死ぬかと思いました。お待たせしてしまったクライアントワークがいくつもあって。そんな中、参加してくれたクリエイターや映像をつくるときに自主的に参加してくれた実績も能力もあるスタッフの人たちの頑張りを見ていると、自分がもっとやらないでどうするんだと思って必死でした。来てくれたスタッフの中には有名作品を手がけてきた人たちも関わってくれて。腕のある人たちの「こういうことがやりたくてしょうがない」っていう気持ちを垣間見ましたね。

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千々和:新しく会社に入ってきたメンバーにもこういうことはどんどん経験してほしいと思いますか?

野間:思いますが、それに期待はしないかな。現実的に考えて、僕らの本分は教えることではなく、作ることなので。入ってきたばかりの新人が何かを人に教える立場に立つのはちょっと違うかなって思いますね。そういう機会があれば教える側に立つ事もあるだろうけど、経験を積んだらいつか、くらいの軽い気持ちではいます。

千々和:野間さんはポートフォリオワークの場合は短期集中的に取り組むと話していましたが、ポートフォリオワークがクライアントワークを生むという戦略的な考えの元にはじめたんでしょうか?

野間:多少はあります。自分が作りたいものを作って、それが世界に通用するかを確かめるのは大事だし、それで賞が取れれば自分に受賞歴がつく。新しく入った人たちには早い段階で集中的に制作に取り組んで、できれば20代くらいでアワード獲るくらいにはなっててほしいなと思います。  それが会社自体のブランドにもなるし、なにより自身がブランドになるので、より良い仕事が舞い込むきっかけにもなるかなと。ちなみに海外のアワードを獲った時は、僕らが憧れているヨーロッパの同年代のクリエイターが大勢いるところで「レターズ」という名前を轟かせることができた。それを、みんなで経験できたことは賞を獲ることよりも楽しかったですね。

単発で終わらせないことが「成果」

千々和:今回のプロジェクトはあちこちのメディアで取り上げられたり、明日も田端さんは高知でこのプロジェクトのPRをするとのことですが、今後もまだまだ続きますね。

田端:明日の早朝フライトで高知に飛んで、あるミーティングに参加するんですけど、その仕事のきっかけはこの 横瀬クリエイティビティー・クラス なんです。キャンプをして、肉を持っていってお酒を一緒に飲んだところから、まさかこんなことになるとは思っていませんでした。クリエイターである彼らが関わってくれたことによって、おかげさまでテレビや新聞、雑誌に取り上げられて、今はこの小さな町が一躍脚光を浴びている状態。でもまだ具体的な結果も出ていないし、外から見れば「頑張ってるね」っていうところなんですよね。このプロジェクトをきっかけに結果を出して、それが町に対する恩返しになればいいなと思うし、子ども達のためにもなったらいいなと思っています。

千々和:この場合、何を「結果」とするのでしょう?

田端:正直言うと、4月まで「教育」という言葉の意味それほどを深く考えてなかったし、教育は学校だけがやるものだと思ってたんです。それが、4月のクリエイティブソンを経て「教育ってそういうものじゃない」っていうことがわかってきて、さらに実践的な授業をやってもらったことで教育によるまちづくりをしようという流れが横瀬に生まれた。たしかに、小学校1校、中学校1校と、町が小規模だからできたプロジェクトだと思います。それでも、こうした教育が継続すれば移住に繋がるかもしれないし、その可能性は未知数ですよね。クリエイティブなことを学ぶなら横瀬、横瀬は中学校からそういう教育を受けられるんだよというイメージになれば、これが1つの成果かなと。

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千々和:オランダやデンマークの教育の話にも繋がることですね。そろそろ時間なので、最後にみなさんに越境するクリエイティブというタイトルにちなんで、今後クリエイティブにおいてやってみたいことをお伺いしてもいいですか。

橋本: 横瀬クリエイティビティー・クラスは、僕にとっては地元で得たチャンスでしたし、実際、自分の作ったものがこのまちにはまって、面白いものができた実感があります。すでに種がまかれたこの状態で、10年後に何が得られるのか。自分のまちでこうしたすごいプロジェクトが生まれたということを、地元の人たちに伝えより発展していくことを注力していきたいです。クリエイティブにおいてはやはり教育の仕掛けづくりでしょうか。

田村:僕は映画を作りたいですね。いくつか進めているものもあるのですが、そういった作品を世に出す発信力をつけたいとは思ってます。それに関しては答えが出ていないので、野間さんに常に相談してます(笑)。

野間:発信力の件は僕も全くわからないので、2人してわからないですね〜って言って終わってます(笑)。僕が個人的に興味があるのは、教育や人づくり。そこには関わっていたいし、頭の中には常に5%くらいはありますね。そう考えたら、そろそろ教えることやその仕組みのことを考えたほうがいいのかなとも思いました。

千々和:本日はみなさん、ありがとうございました。

 

All Photo by PeiChe Lin (schema Inc)

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2018年1月20日 横瀬クリエイティビティークラスの発展版授業の第1回を実施します。
どなたでも参加できますのでご興味ある方ぜひ、ご参加ください。 https://www.facebook.com/events/164201190866587/

○はたらクラスとは?
2017年に行ったクリエイティビティー・クラスを「はたらクラス」に発展させ、埼玉県秩父郡横瀬町における、キャリア教育、場づくり、まちづくり等をしていくプロジェクトです。

2018年は、秩父・横瀬の地元メンバー×ソトもののコラボレーションによる、「働く」ことを学ぶトークセッションを毎月開催。
月替わりで様々な職業、多様な生き方を選択する大人たちのストーリーを聞きながら、大人も子供も等身大で学び合っていきます。

○vol.1 イベント概要
・2018年1月20日(土)17:30~20:00
・登壇者
story01 加藤 健太 家具デザイナー
story02 松田 瑛里子ジュエリーデザイナー
・場所 横瀬町民会館 大会議室
・入場無料

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