EVENT REPORT

ウェルビーイングへのアプローチ――日本的ウェルビーイングの可能性 vol.3

【スピーカー(特別ゲスト)】石川善樹

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ウェルビーイングへのアプローチ――日本的ウェルビーイングの可能性 vol.3

【スピーカー(特別ゲスト)】石川善樹

2017年3月25日、amuにて JST/RISTEX「人と情報のエコシステム」採択プロジェクト「日本的 Wellbeing を促進する情報技術のためのガイドラインの策定と普及」のキックオフ・シンポジウムが開催されました。レポート第3弾は、予防医学者・石川善樹さんによる基調講演をお送りします。

OVERVIEW

スピーカー(特別ゲスト):
石川善樹(予防医学者、Campus for H共同創業者)

INDEX

  1. いまだ翻訳されない「ウェルビーイング」
  2. 長期的な目線でわかる「本質」
  3. とらえ方・理解の仕方から考える
  4. ビッグピクチャーとディテールで本質をとらえる
  5. 「みればわかる」人生
  6. アプローチの提言

いまだ翻訳されない「ウェルビーイング」

ドミニク:今日のスペシャルゲストの石川善樹さん、お願いします。

石川:私の父は医者ですが「ウェルネス」に関心のある人でした。1980年代初頭に彼がハーバードに行ったときにもウェルネスの研究をしている人はいなかったそうです。そこから考えると、だいぶ「ウェルネス」という概念が浸透してきましたね。今日はこういう会があると父に話したらと、時代が本当に変わったなといっていて、自分自身も感慨深いのですが、私が予防医学という分野、特にウェルビーイングを研究しているということもあって、呼んでくれたのだと思います。
本当にウェルビーイングを研究しようと思うと、とても広範囲にわたって研究しなければならず大変なんですね。そもそも、医学の流れが「治療医学」から「予防医学」へと重点が変わり始めたのは、1980年代くらいからです。そして21世紀のいまでは徐々に「ウェルビーイング」というワードが出てくるようになりました。とはいえ、このワードは日本にとってはカタカナ語なわけで、概念として適切な日本語がまだないのです。たとえば “health” というワードを最初に訳したのは福沢諭吉です。彼が26歳のときに出した『華英通語』という辞書の中でもいろいろな西洋の概念・言葉が訳されていますが、そこにも “wellbeing” という言葉はありません。訳した人がまだいないので、訳したもの勝ちですよね。
私も、父と同様にハーバード大学で学びましたが、たくさんの人がいろんな国から学びにきているので言葉に対するこだわりが日本とは違いました。そこで必ず語源を調べることを叩きこまれましたので、今回もウェルビーイングの語源を調べてみました。“being” は「本質」という意味で、“well” は「満足の」という意味です。

長期的な目線でわかる「本質」

満足といったときに、たとえば今日という1日の単位で考えると、嫌なことはないに越したことはありませんが、長い人生で考えると山も谷もあった方がいいかもしれない。つまり、「満足」といってもそれをどれくらいの時間軸で考えるかという観点があります。
これをふまえて、日本人のウェルビーイング=満足の本質を考えてみましょう。みなさんご存知のように戦後経済は右肩上がりで伸びてきたわけですが、日本人の生活満足度・人生満足度はどうだったでしょうか。実は日本では、戦後から国民生活選好度調査というのをしていて、そこで生活の満足度の推移がわかりますが、まったく変わっていません。ずっと一緒です。不思議ですね。人類を苦しめてきた三大苦は、「戦争」「貧困」「病気」だといわれます。これさえなくなれば人は幸せになるはずだといわれてきました。日本では戦争もなくなってどんどん豊かになって病気もだいぶ克服され寿命もかなり長くなりました。それなのに、満足度が変わっていないというのはとてもおもしろい。お隣の韓国も豊かになっているのに、生活満足度はむしろ下がってきています。
一方、こうした流行ではなく本質的な変化はなにかということから考えてみましょう。一時的な変化ではなくて100年、200年続くような本質的な世界の「変化」に注目してみます。そうすると3つ挙げられると思います。
1つ目は「人生100年時代」になったということ。今の小学生は何歳位まで生きるかといえば、平均100歳です。これまでの健康づくりは、どちらかというと早死にしないことに主眼が置かれていましたが、これからは50歳や60歳の峠を越えて、さらに100歳まで元気に生きるにはどうしたいいのか、が問われます。2つ目は、世の中のAI化が及ぼすインパクトです。さらに3つ目は、都市化です。かつてこれほど知らない人に囲まれて生きる社会はありませんでした。村に住んでいたとき、あるいは江戸という町に住んでいたときとは違います。知らない人に囲まれて生きる都市にいると、知っている人のところに逃げ込みたくなります。最近はスマートフォンを開けばどこでもドアのように知っている人に出会えるというわけです。物理的には知らない人に囲まれて、スマートフォンを通せば知っている人の世界があるという不思議な世界の中にいるわけです。

とらえ方・理解の仕方から考える

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ではこのように寿命が延び、AI化と都市化が進んだ時代において日本的ウェルビーイングとはなんでしょうか? 僕ら研究者にも抽象的なことが好きな人と具体的なことが好きな人と2種類いますが、もう1つ、本質的なことが好きな人と流行していることが好きな人という軸もあると思います。僕は、抽象的かつ本質的なことが好きです。なにか物事を考えるときは、すごく抽象的なことから考えますが、みなさんはどうですか。日本的ウェルビーイングをどこから考えますか。具体的なことや流行が好きな人は、海外の事例を見に行くと思います。抽象的で本質的なことが好きな僕のような人間は、ちょっと待てよ、こういったことを理解する「理解」とはそもそも一体なんだっけ? というところから考えます。僕はここを突破しないことには一歩も前に進めません。
そんな僕が理解するとはなにかを考えるときに、3つの形態があると考えます。1つは「分解して再構築する」というデカルトRené Descartes)以来400年来研究者がやってきた、ロジックとして物事をとらえるということですね。『ウェルビーイングの設計論』もどちらかというと分解派の人たちが多いですね。どういう風にウェルビーイングという捉えがたいものを分解するのかという話が多い。おもしろいのですが、このアプローチが通用するのは物事が比較的単純な場合だと思います。複雑になるとたとえ分解できたとしても、再構築はむずかしい。
では、複雑な現象を理解するときにやるもう1つの方法は「本質としてとらえる」という物理学者がよく採る方法です。大局観といわれ、簡潔にいうとほとんどのことをノイズとしてばさーっと取ってしまって本質だけを理解するというやり方です。西洋の人はすぐに分解して再構築する、部分部分を制御するようなことをしがちです。一方でたぶん日本人が得意なのは、2つ目の本質をとらえる方法と3つ目として僕があげる「みればわかる」という、直観として理解するという方法かもしれません。先ほどの「心臓ピクニック」はまさに好例です。これを触ったら「生きるって素晴らしい」と即座に思うんですよね。こういうみればわかるものをつくるのも理解するひとつの方法なんだと思います。では理解をするときにロジックを使うのか・大局観を使うのか・あるいは直観を使うのか、それぞれの観点でウェルビーイングについて考えたいと思います。

ビッグピクチャーとディテールで本質をとらえる

まずはロジックを使うとどうなるか。ウェルビーイングを測定し、要因を分析します。国連の World Happiness Report*1 という調査があって、157の国と地域で行われています。2016年では日本は53位です。

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この調査の幸福度の基準は、1番目は「一人当たりのGDP」で、つまり収入や年収があがるにつれて幸福度があがっていきます。1,000万が1億になると10倍ですね。こういったマクロ的にみた GDP という話と、2番目は「困ったときに頼れる人がいるか」、3番目は「平均寿命」、4番目は「自分の人生を自由に選べる感覚」と続いていきます。現代科学の方向性として、ロジックを使うのが好きな人が多いのでマクロとして理解する人が多い。この場合だと GDP などで理解する人が多いということです。マクロとミクロの間をメゾといい、個人と大きな社会の間、ネットワークを指します。感情や行動は伝染するものです。だから、たとえば僕は基本ご機嫌な人なので、みなさんもご機嫌になる、それがみなさんの家族やお友達に影響する。このロジックがネットワークとして理解するということですね。あとはミクロとして理解する、個人の要因です。どういった特徴を持っている人が満足して生きているのか、ということです。しかしこの観点でウェルビーイングを考えることは、むずかしいと思います。たとえば心臓病は20世紀に最も研究された病気で、なりにくい人は高収入、友達が多い、非喫煙者など、マクロ、メゾ、ミクロ全部あわせて100個以上は要因が明らかになっています。それにもかかわらず、いまだに発病する理由の半分も説明できていません。仮にすべての要因を理解しても、それらの相互作用が複雑すぎて制御不能になり、データを使ってなにかをしようとしても、モグラ叩きになるだけで、叩けば叩くほど新しい問題が出てきてしまいます。
このように考えると、ウェルビーイングをロジックとして理解することはとてもむずかしいといえます。なので、「本質としてとらえる」あるいは「直観として理解する」というアプローチが適切だと思います。では、本質としてとらえる、大局観として理解するはどういうことか。たとえば狩野派が描いた『洛中洛外図』という作品があります。

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これは京都を描いていて、よくみると橋や人の着ている衣服や履き物などがすごく細かく描かれています。ですが、全体としてみると、大部分が雲でおおわれています。この理由としては、京都とはなにかということを要素に分解して再構築するととんでもないことになってしまいますよね。西洋の絵はどちらかというと分解して構築する感じですが日本の画家は、京都というきわめて複雑なものをロジックとして分解することは無理だなと悟りました。そこでとった手法が『洛中洛外図』のようにビッグピクチャーとしての京都と、いくつかのディテール、その間を間(ま)としてごまかした。ビッグピクチャーとディテールってロジックで繋ぎようがないほど複雑なんですね。だからそこは間(ま)でいいじゃないかと。ビッグピクチャーとディテールだけを描いて、あとは雲の中に隠してしまう。物理学者はこういう考え方をします。ビッグピクチャーとディテールの間を行き来しながら現象を理解していくと、私たちの見方もロジックから解放されていくと思います。

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*1 World Happiness Report 国際連合の持続可能開発ソリューションネットワークが発行する、自分の幸福度が0から10のどの段階にあるかを答える世論調査によって得られたデータ。150以上の国や地域で実施され、毎年1回報告される。
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「みればわかる」人生

ではみなさん、人生をビッグピクチャーとして捉えたときに「満足のいく人生」とはなんだと思いますか? たとえば、昔からある考え方ですが、人生を春・夏・秋・冬と考えるといいんじゃないかと思います。今の人生は100年ですから、25年おきに季節が変わるのがビッグピクチャーなんだと思います。人生のほとんどは、働くことが中心となると思います。50歳くらいまでは、力をたくわえ、50歳以降に本当にやりたいことをやる。人生100年時代の本番は50歳からだと思います。若い時期にことを成し遂げるというのはたぶん無理ですよね。僕ら研究者でも、たとえば日本はいまノーベル賞ラッシュですが、その先生たちがノーベル賞を取る研究をはじめた年齢は、だいたい40歳で、僕らの世代は50歳からだといわれています。それまでは修行で50歳からようやく本物の仕事ができるということです。たぶんビジネスもそうだと思います。若くして起業した人は、すぐ失敗します。実はアメリカの雇用を生んでいるベンチャーは50歳前後の、社会経験もスキルも人脈も築いた人です。成功確率も高いし、本人たちの満足度も高い。

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こんな風に、若いときに働いて家族を扶養して(第1期)、後半で老後の自分を支える(第2期)という感じになると思うんですよ。ビッグピクチャーとしてみたときには、なんとなく春夏秋冬ってとらえるのがいいんじゃないかなと思います。具体的にどうしたらいいんだろうという研究をしています。
最後に「みればわかる」という方法について。みなさん、自分がウェルビーイングになるために、「みればわかる」、こういうおじいちゃん・おばあちゃんになりたいというロールモデルになる人をみつけたもの勝ちだと思いますよ。僕は、去年みつけたんです。高校生のころからヘルマン・ヘッセ(Hermann Karl Hesse)のある作品の主人公のように生きたいと思っていました。それをすごく簡単にいうと、純粋な子どもがいて、いろいろなことがあったけれおも、最後は故郷に戻って郷愁に至るというか(たとえば「春の嵐、新潮社」など)。そこがいいなぁと思っていた。あるいは去年、『さんまのご長寿グランプリ』というテレビ番組に出ていたおじいちゃんをみて、この人みたいに生きていきたいと思ったんです。彼はプロポーズを迷っていた24歳のときの自分にむけたビデオメッセージで、勤め先で出会って付き合った女の子に迷わず結婚を申し込むべきだと伝えます。なぜかといえば、彼女は2年後に亡くなってしまって、自分はすごく後悔することになって、その結果76歳の今でも独身だから、といいます。僕はこれだと思いました。このおじいちゃんだと。これが、直感的理解なんですよ。

アプローチの提言

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まとめると、本質的な3つの変化があります。まず、人生100年時代が意味することは修行期間の延長ということで、長きにわたって自分というものをどう動機づけるのかと問われています。あとは、AI 化です。最後はクリエイティブなことを考えるしかないと思うのですが、そもそも考えるとはなにかを考えたことはあるのか、というのは重要な点で、こういったことを考えるのもウェルビーイングだと思うんですね。最後の都市化は、多様な人との共存です。人類は脳みそがまだその状態に慣れていないので、いかにこれに慣れるかということは重要です。そしてもう1つ大事なのは、日本では社会保障という観点です。医療・介護・年金で、大きく世代別に割り当てをみると、子ども世代20兆・現役世代20兆・高齢世代90兆という現状になっています。ウェルビーイングを推進するのがいかにウェルビーイングに寄与するのかということが絶対外せない視点です。
今後考えていくべき点を挙げます。1つ目は西洋的なウェルビーイングは測定・分解・制御という発想に向かいがちですが、これは限界があると思います。そうではないアプローチをとるべきだと思います。2つ目はそもそもウェルビーイング推進が、財政安定化、社会保障にどうつながるのかという視点をもつべきです。そうでなければ、ウェルビーイングを国全体として進めることにはならないのです。

(2017年3月25日@amu)

vol.1「ヴィジョンと現代社会の潮流」
vol.2「法と制度の観点から」

『ウェルビーイングの設計論』について、出版社ビー・エヌ・エヌ新社の関連情報ページもありますのでぜひ参考にしてみてください。
ウェルビーイングの設計論:サポートページ

本イベントにオーディエンスとして参加した山本郁也氏によるレポートもあわせてご覧ください。
「日本的ウェルビーイングの設計の可能性」参加レポート

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