EVENT REPORT

若林恵とドミニク・チェン、読んでいない本について語る 1/3

【ゲスト】若林恵、ドミニク・チェン

【聞き手】千々和淳

EVENT REPORT

若林恵とドミニク・チェン、読んでいない本について語る 1/3

【ゲスト】若林恵、ドミニク・チェン

【聞き手】千々和淳

2016年7月に開催した「恵比寿BOOK CAMP」。期間中のイベントとして、『WIRED』日本版編集長の若林恵さんと、起業家・情報学研究者として活躍されているドミニク・チェンさんをお招きし、読みたいけれどまだ読んでいない本への期待感や思いを語る「未ブリオバトル」を行いました。当日の様子を、3回に分けてお送りします。今回は、ログレポートの最後にドミニクさんが実際に読んだ感想も追加されています。

※このイベントは2016年7月に行われたものです。

OVERVIEW

2016.07.29(金)

ゲスト:
若林恵(『WIRED』日本版 編集長)、ドミニク・チェン(株式会社ディヴィデュアル共同創業取締役)
聞き手:
千々和淳(amuコンテンツディレクター)

INDEX

  1. 原点となった『文学的記憶』
  2. 勇気をくれた『チャイナタウンからの絵葉書』
  3. 概念としてのアジアの歴史
  4. 当時の日本へのまなざし
  5. 日本の近代が終わらない理由
  6. 複雑さを愛でる日本人
  7. 日本的スノビスム
  8. appendix:『アジア主義 その先の近代へ』を読んで

原点となった『文学的記憶』

千々和:みなさんこんばんは。若林さんとドミニクさんにお越しいただいての未ブリオバトルを始めたいと思います。僕は、今回の司会を務めさせて頂く、amuの企画をやっている千々和と申します。本日のこのイベントは、この会場で9日間にわたって行っている「恵比寿BOOK CAMP」という古本市の一環で行っています。古本の出品者は、この会場の運営母体のConcent Inc,のデザイナーやディレクター、あるいはそのグループ会社のビー・エヌ・エヌ新社、フィールムアート社という出版社の編集者たちです。
では、さっそくドミニクさんと若林さんから簡単に自己紹介と、最初に衝撃をうけた本、あるいは今でも印象に残っている本を一冊ほど挙げていただけますか。

ドミニク: ドミニク・チェンと申します。よろしくお願いします。実は、今回の主催者であり、この会場を運営されているamuさんとはとても縁が深いところだと気づきました。僕の著作としてのデヴュー作は、2012年に出した、クリエイティブ・コモンズ*1という自分が主宰するNPO活動についての本である『フリーカルチャーをつくるためのガイドブック―クリエイティブ・コモンズによる創造の循環』だったのですが、その版元がこのamuさんのグループ会社である、フィルムアート社さんだったんです。そして、それが出たタイミングで『WIRED』でインタビュー記事を載せていただいたのが若林さんとの最初の出会いだったんですよ。もうあれから4年……。

若林:結構たつねぇ。

ドミニク:しみじみと(笑) で、その時に実は若林さんは本当に変な人だなって思いました。クリエイティブ・コモンズの話をしてるはずなのになんか……いろいろこう深い質問をされて、その時に「チェン君はどんな本に影響をされたの?」と、今と同じような質問をされたんです。その時に答えたのが、四方田犬彦さんの『文学的記憶』という本です。14,5歳くらいの頃に気づきましたが、母が買ってきて我が家の本棚に置いてあったんです。

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ドミニク:それをひも解いてみたら、水木しげるやつげ義春の漫画から大正時代の小説、中上健次まで縦横無尽に四方田さんが評論をしているんですが、まさに「評論ってこういうことなんだ!」と思ったんです。つまり、そこで対象としているすべてにおいて底知れぬ愛が漂っているんです。何を語らせても、長年作家を見守ってきた視点がもうひしひしと感じられて……。その上で分析を加え、その作家の系譜の中でこの作品はどういう意味を持つのかということを導くんですね。例えば赤塚不二夫についても、あの漫画をこんな真面目に書いてる人っているんだって少年ながらにめちゃくちゃ衝撃をうけました。
で、どうしてこれがクリエイティブ・コモンズと関係あるのかって言うと、 冒頭にですね、エピグラムみたいなのがあって。手元にないのでちょっとお見せできないのが残念なんですけれども。四方田さんが、「これまで色んな本を読んできたけれど、いつも思い出す本がある」と。それは何かというと、戦国時代の隠れキリシタンたちがこっそり筆写していた聖書の写しなんだと。それが、誤訳しまくってるんですね。クリスマスの日にフィリピンのセブ島で雪が降って、で、世紀末になると天狗の大群が空から飛来してくるみたいな。つまり天使が天狗におきかわり、雪が降る場所がフィリピンに移り変わり。でもそこに底知れぬ文化の躍動を感じる、みたいなことを、もっとかっこよく四方田さんが書かれていて……。ああ、すごいな、っていう文化のダイナミクスの迫力を植え付けられた。僕がクリエイティブ・コモンズの活動で、いろんな人のクリエイティビティが混ざるということの本質は、その一文に圧縮されてるなって……未だに、思うんですけれども。

若林:その話なんか聞いたことあるなーっと思ったら、チェン君に聞いたんだ(笑)。

(一同笑)

ドミニク:思い出したんですね(笑)

若林:いい話だなっていう。90年代に流行ったときに「よもいぬ」なんて呼ばれたりしたよね。

ドミニク:最近では、2015年の6月に中公新書から『テロルと映画 スペクタクルとしての暴力』っていう、テロリズムと映画の表象っていうのがどう作用しているかっていうすばらしい本を書かれてます。

千々和:ドミニクさんは、クリエイティブ・コモンズでやられている原点にもなったような本なんですね。

ドミニク:そうですね。即座にこれって答えますね。

千々和:ありがとうございます。

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*1クリエイティブ・コモンズ
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(CCライセンス)を提供する、国際的非営利組織。CCライセンスとは、作品を公開する作者が「この条件を守れば、私の作品を自由に使って構いません。」という意思表示をするための、ツールとされている。作者がCCライセンスを利用すると、著作権を保持したまま、作品を自由に流通させられる。ドミニクさんが理事を務めるNPO法人コモンスフィアの前身が、旧クリエイティブ・コモンズ・ジャパン。
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勇気をくれた『チャイナタウンからの絵葉書』

千々和:次に若林さん、お願いします。最初に衝撃を受けた、あるいは印象に残っている本は。

若林:ちょうど四方田犬彦さんが翻訳した、『ポール・ボウルズ作品集』っていうのは大学の頃にかなり読んだな。ポール・ボウルズ(Paul Frederic Bowles)の作品は、ベルナルド・ベルトルッチ(Bernardo Bertolucci)が『シェルタリングスカイ』っていう映画にしてる。『蜘蛛の家』とか、ずっと訳されていなかった名作が訳されて、90年代にちょっとしたボウルズブームみたいになったんだよな。その頃、この四方田さんがボウルズについてもよく書いてた。『優雅な獲物』とか。

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若林:で、俺は大学の時はフランス文学科で詩の勉強をしていたんですよ。勉強といっても四大でやる程度の勉強をしてたけれど、詩ってものは難しいんでとっつきにくいわけですよ。でも、俺でも詩ってものが分かるんだなって思ったのが、リチャード・ブローティガン(Richard Brautigan)っていう人の詩だった。その人がヒッピーというか、わりとビートっぽい流れのある人で『チャイナタウンからの絵葉書―リチャード・ブローティガン詩集』っていう池澤直夏樹が訳した綺麗な本があって。これは印象に残ってますね。なんていうのかな、単純に詩ってものが俺でも分かるんだっていう。詩って面白いなと思ったきっかけになった本で。

ドミニク:もともと大学に入る前から、詩には興味があったんですか?

若林:いや、そんなことはない。ただまあ本は読んでたし、文学っぽいものには憧れがあって……。大学に入りたての頃は友達がいなくて、人と人とはどんな風に出会うんだろう? っていうことを悶々としながら、本屋で4時間も5時間もつぶしてるっていう日々がありまして。その時に、リチャード・ブローティガンの詩に出会って、ああこれ俺が言ってることじゃん! って思った。本に勇気をもらったっていう話ですね。

千々和:前に若林さんにお会いして、出したい本はどういう本ですか? って聞いた時に、「詩集」と言ってて。それもこの話が原点なんですね。

若林:詩としてすごいというよりも、当時の自分に分かる詩だったという話ですね。

概念としてのアジアの歴史

千々和:では、そろそろ今日の本題の未ブリオバトルに入りましょう。読んでないけれど、ずっと読みたかった本について、お二人から、そこにどんな期待感があるのかという話をうかがおうと思います。実は、若林さんが以前にWebでこのような企画をやってらっしゃってまして、そこで本を読みたいという気持ちは、その人の持っている「問い」なんだという話をインタビューでおっしゃっていました。このイベントでも、会場のみなさんにはそのように聞いていただけると、面白いのかと思います。 

ドミニク:若林さんの企画は、booklistaというサイトの『ずっと読もうと思っていて読めずにいる本の話』というものですね。瀬名秀明さんの話に感銘を受けました。瀬名さんは『パラサイト・イブ』という利己的遺伝子のSF世界の作品を書いたけれど、実はその時ダーウィンを読んでいなかったと(笑)。それをあるシンポジウムの場で、ガチの生物学者の先生に突っ込まれて、「あなたダーウィン読んでないから分かってないんじゃない?」と言われて恥ずかしかったけれど、それでも読まなかったということを赤裸々に、とても真摯で誠実な文章で綴っていました。読んだ本について熱く語るっていうことは、自分もこれまで何度も機会を頂いていましたが、今日は本当に読んでいない本について話します。読みたくてうずうずしている2冊を選びました。一冊目が、中島岳志さんの『アジア主義  その先の近代へ』という本です。

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ドミニク:この本を読みたいなというのは、恋慕の念に近いかもしれない。つまり知らなくて謎があるからこそ憧れがあって、かつ勝手な妄想と期待があるんです。先ほどの「問い」に近いのかもしれませんが、「今、自分が必要としているけど欠落しているものの希求」という意味での恋なのかな、ということです。そういう視点でお話をすると、僕は中島岳志さんについてはほとんど知識がないんです。今、東工大の教授をされていて、アジア史についての気鋭の研究者であるという、Wikipediaに書いてあるようなレベルでしか。
なぜ僕はアジア主義という言葉に惹かれているかというと、最近は密教に興味があるんです。中でも空海について今更ながら勉強しているところなんですが、司馬遼太郎さんや松岡正剛さんの本などを紐解いて、インド、中国、朝鮮、日本というところを経て、アジア独特の考え方、ものの感じ方、つまり世界の認識論を追究していた人たちが、千年以上前からいると知りました。デリケートな話なんですが、関東軍が1930年代に傀儡の国と呼ばれている満州国に作った建国大学というものがあって、それについて朝日新聞の三浦英之さんという記者が書かれた、『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』というノンフィクションのドキュメンタリー本があるんです。それがすごく面白い。当時は超軍国主義だったけれども、石原莞爾の肝煎りで、建国大学は日本人・中国人・朝鮮人・台湾人・ロシア人の学生を募集して、全員超平等に扱うという。しかも、日本政府批判をばんばんしてもOKだったそうです。信じられないですよね。
今の日本よりも、もしかしたらリベラルな空気がそこに局所的に存在していたとも言えるかもしれない。その時に彼らはアジアの概念というコンセプトを作らなきゃいけなかったんですね。それを諸々調べていると……破綻してるところもあるけれど、うまくいっている部分もある。
それともう一点、僕は普段アプリや情報サービスをつくっているので、ITに関していえば、Googleが禅僧ティク・ナット・ハン(Thich Nhat Hanh)を招いたりして禅を社内カリキュラムに導入したことや、マネージャーたちの社員の管理のために使わせるとかをしています。あるいは、『ポケモンGO』を作ってるジョン・ハンケ(John Hanke)も、禅の影響によって『Ingress』というゲームを現実の解像度を上げる、つまりハイレゾリューションリアリティを実現するために作ったそうです。だから、ゲームをやっている内に知らない街にやって来て、こんな所にこんな風景があるんだと気づきが得られる。スティーブ・ジョブズ(Steven Paul “Steve” Jobs)もまた鈴木大拙に傾倒していたし、IT×禅というアジア的な価値観が何故かカリフォルニアから逆輸入されているということに対して、変な言い方ですが、僕はある種の違和感や悔しさを感じます。そのリアリティに一番詳しいはずのアジアから世界に何か発していけないかなって、僕はITの仲間たちと話してきました。

当時の日本へのまなざし

ドミニク:もうそろそろ、このアジアと向き合わなければならないと思い、中島さんの『アジア主義 その先の近代へ』という本に期待しています。そもそも僕は遺伝子的にいうと、半分日本人で4分の1が台湾人で4分の1はベトナム人なんです。ただ、幼稚園から高校卒業までフランスの教育を受けてきて、西洋近代主義の弁証法をたたきこまれてきたけれど、普段接しているカルチャーである漫画、アニメ、ゲームに流れているリアリティはなんか違うぞと感じていた。大学もアメリカだったので、陳腐な言い方をすると、東と西に常に引き裂かれている感覚はあります。
先ほどデリケートな問題だと言いましたが、僕もこういう出自なんで、2015年に一年間ほど出演していたNHKの『NEWS WEB』で戦後70周年の話が出た時に、僕のアジア中の家族が戦争に巻き込まれたというテロップをスタッフの方につくって頂きました。僕のベトナムの家族は南北で引き裂かれて、台湾の祖父はアメリカの魚雷に撃沈されて亡くなったり、母方の祖父は満州のでロシア軍に追い立てられたり、結構ひどい目にあっています。だから、アジア主義というと軍国の香りが香ってきますが、それを超越して今の時代のアジアから、アジア独特の価値を見つけたいし作っていきたいという感じですね。
そして中島岳志さんに戻ると、ほぼ10年ほど前のデビュー作だと思いますが、『中村屋のボース―インド独立運動と近代日本のアジア主義』という、近代インドの建国に深く携わった人が、実は日本に来ていたという内容です。思い返してみると孫文はとても日本に近い人だったし、台湾では(中国の歴史上初めて、民選総統となった)李登輝さんもとても知日家です。当時のアジアの人たちが見た日本と、我々が今感じている日本は、だいぶ違う気がしていて、そういったことも見返したいなと。

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ドミニク:そして、さきほどお話した『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』は、朝日新聞の記者の三浦さんが、当時の建国大学に在籍していた中国、台湾、ロシア、日本にいるご存命の方々に直撃取材して書いたものです。日本人、朝鮮人、ロシア人がどう見ていたのかが明かされていて、こんな時代が日本にもあったのか、と感じました。ちょっとこう、パラレルワールドを見るような不思議な思いにかられるんですけども。

日本の近代が終わらない理由

ドミニク:僕は東と西というテーマが、ほんとに好きで。この間亡くなったウンベルト・エーコ(Umberto Eco)が書いた『バウドリーノ』という小説は、12〜13世紀にヨーロッパを席巻したプレスター・ジョン伝説を一つのモチーフにしています。モンゴル軍がヨーロッパを滅ぼしに来そうだって時に、当時のバチカンはプレスター・ジョンという東の方にキリスト教徒の王がいるという伝説にすがった、という話です。こうした伝説を元に世界観がリミックスされていく様子が書かれていて、非常に面白い。ジル・ドゥルーズ(Gilles Deleuze)とミシェル・フーコー(Michel Foucault)の弟子だった、パリ第六大学の文化人類学者ディディエ・ガザナドウ(Didier Gazagnadou)は、technique、つまり技術がどのように文化をリミックスしていくのか、ということを非常に考古学的・社会学的に解いていっています。だから、先ほどの文学的記憶の隠れキリシタンの話もリミックスだと僕は呼んでいるんですけど、こうしたものに非常に心を奪われます。空海に興味があるのも、インドで生まれたローカル宗教が一回漢字になったものを、中国に留学した空海が更に日本人としてリミックスして、これだ! というものを出していく。その流れが非常に面白い。

千々和:僕もドミニクさんの選書を最初にうかがった時には「なんでこれなんだろう」と思っていたのですが、お話を聞いてなるほどと思いましたし、その周辺の本も気になりますね。若林さんはどうですか。

若林 :テーマ的には俺もすげぇ興味ある話。最近は西洋近代というものが、日本や世界にどういうインパクトを与えつつも、前近代的なものがいかにそれによっても解消されなかったのか、ということに常に興味があるんです。実は『WIRED』で会社の特集をやった時に、会社と宗教みたいな話を、ほんとは入れたかったわけ。例えばグンゼって会社がありますよね。グンゼは今の京都のでいう綾部ってあたりにできた会社で、創業者が非常に熱心なキリスト教徒なんですよ。で、自分たちが会社や工場を作っている時に、もともと絹織物とかがあったところで、織物的なことを始めるわけですけど。その時に……ごめん、これすげぇ長い話になる。

(一同笑)

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若林: でも、ちゃんとびっくりするようなつながり方するから。当時何が起きていたのかというと、今までの農村共同体から作物などが根っこをガッと抜かれて、そこに工場ができてしまうわけね。で、グンゼ創業者、働くというのは何の為なのか、それが社会とどう繋がるのか、そういうことを会社の是として考えなきゃならなかったわけなんです。その時に彼が支えにしたのが、キリスト教で、その考えに基づいて、もう一回働く人たちの為に世界図を構築してあげなきゃいけなかった。それは、結構大変な営為だったはずなんですよ。だから、グンゼは「郡の是」なわけ。それは会社だけが良くてもだめで、コミュニティなどに対していかに貢献できるかという話。
ある種の社会理念を含めて、人は何故生き、死に、何の為に働き、社会とどう繋がっていくかということを、まじめに、例えそれがどっち上げであったとしても、示さなきゃいけなかったんだろうっていう気はするんだよね。

ドミニク:ああ〜、なるほど〜。今ほど会社という概念自体が社会に浸透していなかったんですね。渋沢栄一とかもカリスマチックな、ある種の宗教的なイメージを持っていましたね。

若林:そうそうそう。実は綾部という場所は大本教が出てくるあたりに近いわけですよ。やっぱり新しい会社がばっと立ち上がってくるその当時に、新興宗教みたいなものがおそらく日本ではたくさん出て来たんだと思います。ちょっと時代のずれはあるけれど、天理や大本がそうです。それはやはり、近代というものが与えたインパクトの中で、かつての農村共同体が、壊れていくんですね。暴力的に工業化が進んでいく中で、そういうものが壊れていき、もう一回世界図を立ち上げないと、さまよっちゃう人たちがいるわけ。まさに魂がさまように。その受け皿として、わりと新興宗教が支持を得た。それは愚かな民衆が愚かな宗教にだまされたっていう話じゃなくて、「それ位のインパクトがあったものだったのだろう」という話を、テレビでしてたのが中島岳志だったという話。

ドミニク:おお! つながった。

若林:で、それはNHK番組の『日本人は何を考えてきたのか』というシリーズの大本教の回で、中島さんが出ていて、すごくいい番組だった。何が言いたいかというと、近代化に対して、かつてあったアジア的共同体や日本的共同体がいかに接続するかっていうのは、結局、いまだにうまく接合できてないんですよ。それに対して、絶えずアジア的な原理に基づいて西洋のカウンターになるようなものを構想するっていうのは、明治時代の日本人の、おそらく悲願だよね。その中で、(日本が満州国を建国した際の理念である)五族協和の話が出てくるのは俺もすげぇ共感するところはあるんですよ。やっぱりどう考えてもそこにいかざるを得ないっていう風なことがあって。アジア的原理とは何かということを、それこそ岡倉天心や、(陸軍軍人で、軍事思想家でもある)石原莞爾まで皆やっぱり考えるわけで、それをだから、なんだろうな……。

ドミニク:めっちゃ分かりますね。今の話聞いてて、ポストモダンが日本でもニュー・アカデミズムで流行った時のことを思い出しました。当時、僕はまだ十代の青二才だったんですけれど。「近代化が終わっていない日本」というフレーズをよく耳にした気がするんですね。終わっていないどころか、一度も接着してないままやってるから、いつまでも終わらないんじゃないかっていうような話なのかなと。

若林:そうそう。「近代の超克」がある時期に言われて、それは哲学とか、あらゆる分野においてのテーマだったわけじゃない。相変わらず、いまでも日本的近代ってなにかという探究が基本的には続いているんじゃないかなって気はするので。だから今、中島岳史さんがその状況をどういう風に語れるんだろう、という期待はあるよね。ちなみにこの本をその期待で読んだらどうだろう? ダメかな?

ドミニク:なるほど、それはやっぱり恋い焦がれてる人と付き合ってみて、ダメだったらどうしようっていうことかな(笑)。でも、その、期待の中に問い、鏡像というか反対側がちゃんと照射されていれば、すごくいいんじゃないかなと思っています。この本の発行年が2014年ですね。2010年代半ばのアジア主義の可能性と限界が分かれば、自分はどういう側面から攻められるのかに興味があります。って読んでもないのに偉そうですね、すみません(笑)。

複雑さを愛でる日本人

ドミニク:ひとつ芸術の分野で思い出したのだが、手短に話すと、『水牛楽団のできるまで』という衝撃を受けた本があるんです。著者の高橋悠治さんは、(現代音楽作曲家である)ヤニス・クセナキス(Iannis Xenakis)に、十代後半で見初められました。クセナキスの書いた超絶技巧曲は人間が弾けるような曲じゃなかったけれど、スポ根漫画のように、パリでの初演では爪から血をほとばしらせながらも、それを見事に弾ききったんです。高橋さんは超絶技法のクラシックの人なんですが、70年代に入って水牛楽団というムーブメントをつくるんですね。情報だけを振り返ってみると、今ではいわゆる左翼的な方向にいた芸術家だと見られがちなんですけれど、『水牛楽団のできるまで』を読んでいると、もっと真摯に「作家性というのは一体なんなんだろう」ということまで考えさせられます。まさにグン、群れってものの創造性ってなんだろう、と*2。
だから、今のインターネットはそういうものを可能にしたっていうけれど、結構OSというか根本思想の部分で、未だに創造性というものを近代的な個人観に負っているんじゃないかと。たとえば「ニコニコ動画における創造性の相関性は何か?」と問う時に、やっぱり個人というものを一つの個としてではなくて、もっとネットワークのノードのように想定していないとうまくいかないんじゃないか。あとたとえば現代音楽家で三輪眞弘さんていう方がいて、彼は逆シミュレーション音楽っていうのを、2000年代に作りました。これは、人間がアルゴリズムにひたすら従うってやつをやってアルス・エレクトロニカのゴールデン・ニカ賞をとっています。どこかで西洋合理主義はAIに突っ走っているけれど、AIを支える観念の部分で、アジア主義的なところから何か回想できる、ミッシングリンク*3があるんじゃないかなって、思うんですよね。

若林 :そうそう、この間なにかのイベントでYahoo!の安宅和人さんが、AIっていうとみんな人間の脳を模倣するのを目指すんだけれども、それは違うんじゃないかっていうのを話していて。超、超、超模倣する、模倣したAI、もしくは免疫系をモデルにしたAIっていうのを考えたらねよくね? というような雑な話。

ドミニク:(笑)

若林:その後じゃあアイデアあるんですかって聞いたら、全然分かんないと言ってたけど(笑)。

ドミニク:でもそのくらいラディカルな話、というわけですね。

若林:そうそう。いわゆるマイクロバイオーム*4っぽい話に興味があって。それってなんていうのかな、まあ、単純にわさわさっと細菌層といわれるものが調和を求めて、変形なり変化なりを繰り返していくっていう。これがおそらく、西洋のモデルとはもうちょい違うモデルになるかもしれなくて。それはアジア的と呼ばなくてもいいんだろうけど、そういうものに対する期待はある気がするな。今の話で思い出した。実は、一昨日校了したばかりの『WIRED』が、新しい都市をつくるというテーマで。極地建設家の村上さん。

ドミニク:ああ、村上祐資さん。

若林:村上さんが南極の昭和基地に、越冬隊で行っているじゃない。中国も欧米の越冬隊も、毎年基地を大きくしていくためには、プランを持って何年にこれをやる、何年にこれをやるっていうタイムスケジュールにのっとってぱっぱと大きくしていくわけなのね。でも日本の昭和基地だけ今年は予算が縮小したので、大人の事情的なものが作用して、計画はあるけれど計画通りにできなくて異常にいびつな、ある種カオスな形になってるんだって。どうやったらこうなるわけ? みたいな。

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ドミニク:むちゃくちゃなカオス。

若林:そうそう。カオスで九龍城*5っぽいね。でも、それって意外といいかもねと村上さんは話しているわけ。

ドミニク:へえーっ。

若林 :ある種の余白が意図せずにできていたり。要するに、がちがちのコントロールは辛いわけですよ。しかもああいう極地だと、人間がいてわけの分からないことが起きたりする中で、カオスのようなものを許容できる設計のほうが、レジリエンス*6は高いという話もある。ただ、日本人はそれを意図してやれているわけではなく、結果的にデタラメになっている。でもデタラメでもいいよね? という話です。
こうしたことを、アジア主義とかそういうような形で理詰めにしたり、知にしていくとすると、どうにか方法論化しなきゃいけない。方法論化の方法は西洋的なものだったりして、結局は堂々巡りになるんじゃないかっていうのが、今まで繰り返されてきたことな気がします。そんな大したことは言っていなくて、日本人が大切にしてきた、ある種の複雑さを愛でることをどうメチエ化・思想化できるのかっていうのは結構難しい。

ドミニク:そうなんですよね。そもそも方法論という発想自体が、偶然性を本質的に認めがたいものとしている。

若林:そうなんだよね。

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*2 (以下、本文より引用)「昨年一年間、日記をつけてみた。何をしてくらしているのか、自分でもしりたいとおもった。音楽家たちとのつきあいからはなれても、音楽からははなれていない。音楽の場は、音楽家たちのいる場所より、はるかにひろい。
今年になって、日記をよみかえすと、かなりの部分は、もう意味がなかった。だから、ここに印刷されるのは、再構成された一九八〇年だ。日記からぬき書をつくり、その間に、昨年かいた文章をはさみこむ。結果は、さまざまによめるだろう。自分でよんでわかるのは、音楽家は音楽のなかにとじこもっては生きていけないが、人びとといっしょに生きていこうとするとき、音楽は役にたつ、ということだ。あるいは、そうありたいと、ねがっているだけかもしれない。」
*3 ミッシングリンク(Missing link)
失われた環(わ)。連続性が期待されている事象に対して、非連続性が観察される場合に、その比較的顕著な間隙のこと。進化において、アウストラロピテクス(人類と類人猿との間)や始祖鳥(鳥類と爬虫類との間)の化石などの発見は、その間隙をつなぐ例である。
*4 マイクロバイオーム(Microbiome)
体内に生息するマイクローブ(微生物)の集合体(オーム)。人体には、細胞の10倍の細菌がいるとされ、それらもまた体内で独自の生態系を構築している。この細菌の生態系によって、体内細胞からは作りだせない栄養素が作られたり、健康を維持する免疫反応などがコントロールされている。
*5 九龍城
現在の香港・九龍の九龍城地区に造られた城塞。また、その跡地に建てられていた巨大なスラム街。正式名称は「九龍寨城」、日本では「九龍城」と呼ぶ場合がある。スラム街として肥大化し、高層構造建築への建て替わりなどから「アジアン・カオス」の象徴的存在となった。現在では公園となっている。
*6 レジリエンス(Resilience)
もともとは心理学用語で、精神的回復力、抵抗力、復元力、耐久力などと訳される。最近では転じて、「しなやかさ」などを意味する言葉として使われる。
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日本的スノビスム

ドミニク:結構似たような話を思い出しました。音楽学者ダニエル・シャルル(Daniel Charles)がジョン・ケージ(John Milton Cage Jr.)とマルセル・デュシャン(Marcel Duchamp)についての著書を70年代に出していて、僕はそれがすごく好きで。チャンス・オペレーションで作曲したケージも『大ガラス』が割れたことをむしろ肯定したデュシャンも、とても狡猾な欲望の形式を持っているというようなことが書かれています。それはどういうことかというと「それは自己忘却と、『自分がそこになんら関わらない』でいようとするこの自己の保持とを同時に遂行するからである」という書き方をしてるんですが、これは「自分がいっさい介在していない風にしながらも、自分が起こってほしい状態が自然発生的に起こることを、ひたすら期待する欲望のあり方」とも言いかえられるのかなと。ちょっとこうアレクサンドル・コジェーヴ(Alexandre Kojève)の言う「日本的スノビスム」*7に通じるものがあるのかなと。
そうしたことについて、それこそ『WIRED』で「ドミニク・チェンが選ぶ『情報の心』をとらえるための5冊」という企画で僕が挙げた中野美代子さんが面白いことを言っていて。中国だと「庭」という字は「園」で、enclosure、つまり「囲う」ことだと。制御すべき対象として枠の中に嵌めるんですね。だから中国の荒々しさ、「波」「山」とかはちょっとハリウッドぽい。一方、日本で一番分かりやすいのは、枯山水のようにミニマリズムの中に「見立て」を発生させるという、究極的に人間の恣意性を排して排して排した結果、見る人の脳内で生成させればいいという、つまりこれってデバイスもいらない究極のVRというかARなんですよね。読み解くコンテクストさえ、一種のアルゴリズムですよね。『万葉集』や能も同じで、掛詞を読めば、ありありと目の前にその情景を生成できるということだと思います。それをどうやってメソッド化、西洋の言語でできるかっていうのは、とてもアクチュアルだと思うんですね。

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若林:できんのかな……。

千々和:その話はもっと聞きたいところですが、だいぶ尽きなそうなんでまた今度。

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*7 日本的スノビスム(Snobbism)
アレクサンドル・コジェーヴは、1959年に日本を訪問した際に強い衝撃を受け、茶道や華道などのように、個の表現よりもむしろ、高度に形式化された文化を楽しむ人びとの生き方を「日本的スノビスム」と概念化した。
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(2016年7月29日@amu)

続きは2/3
3/3

また、今回のレポートvol.1に登場した本の一覧です。ぜひ参考にしてみてください。

『文学的記憶』 四方田犬彦(1993年、初版発行)
『テロルと映画 スペクタクルとしての暴力』 四方田犬彦(2015年)
『ポール・ボウルズ作品集』 四方田犬彦
『蜘蛛の家』 著/ポール・ボウルズ、訳/四方田犬彦(1995年)
『優雅な獲物』 著/ポール・ボウルズ、訳/四方田犬彦(1989年)
『チャイナタウンからの絵葉書―リチャード・ブローティガン詩集』 著/リチャード・ブローティガン、訳/池澤直夏樹(1977年)
『パラサイト・イブ』 瀬名秀明(1995年)
『アジア主義 その先の近代へ』 中島岳志(2014年)
『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』 三浦英之(2015年)
『中村屋のボース―インド独立運動と近代日本のアジア主義』 中島岳志(2005年)
『バウドリーノ』 ウンベルト・エーコ(2000年)
『水牛楽団のできるまで』 高橋悠治(1981年)

appendix:『アジア主義 その先の近代へ』を読んで

本イベントの後にドミニクさんが『アジア主義 その先の近代へ』を読んでの感想文を寄稿くださったので以下に掲載いたします。

“中島岳志さんの『アジア主義 その先の近代へ』(2014年)を読み終わりました。アジア主義という考え方が歴史のなかでどう推移してきたかということを平易な言葉で教えてくれる、素晴らしい書物でした。特に日本が軍国主義に陥った際に援用された「覇道としてのアジア主義」、アジア全域が欧米のシステムに取り組まれることに抗う「抵抗としてのアジア主義」、そしてより純粋に思想的・美的問題としてアジアを考える「思想としてのアジア主義」がどのように交差しながらそれぞれに発展や挫折をしたのかという全容が、それぞれを担ってきた人物たちの細やかな足取りと共に理解できました。個人的には、若き井筒俊彦が上野の不忍池近くに在住していたウラマーのイブラヒム師に弟子入りするシーンや、孫文と熊楠の邂逅があったという事実は感動的でした。
本書の理念は中島さんの「歴史によって分裂するのではなく、連帯を模索できる」(p.454)という真摯な想いに貫かれています。国際情勢を見ても各国の政治状況が右と左に分裂してしまって、多様な市民間の社会的な合意形成がますます困難になっている今日、歴史をその表層ではなく深層から学習し、包摂的な連帯の打ち手を実践することこそが現代社会にとっての価値ある意味を作り出す。そんな勇気を本書から摂取できたと思います。”
                            ――ドミニク・チェン

 

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