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近現代アートをすべての人の身近な場所へ フランスの巨大文化複合施設、ポンピドゥ・センター出版局が考えるアートに出会うしかけとしての本づくり。

【インタビューゲスト】マリー=サンドリーヌ・カデュダル

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近現代アートをすべての人の身近な場所へ フランスの巨大文化複合施設、ポンピドゥ・センター出版局が考えるアートに出会うしかけとしての本づくり。

【インタビューゲスト】マリー=サンドリーヌ・カデュダル

すべての人に開かれた場所を目指して

――ポンピドゥ・センター出版局はいつ、どのような役割で設立されたのでしょうか?

1977年のポンピドゥ・センター開館と同時期に、出版局は設立されました。その役割はポンピドゥ・センターの活動をサポートし、収蔵作品の価値を世の中に広めることです。活動というのは通常は展覧会の開催ですが、領域横断的にほかのアートセンターをサポートする場合もあります。こうしたポンピドゥ・センターの包括的な活動を支えることと、ポンピドゥ・センターが集めた収蔵作品を宣伝することが出版局の役割です。宣伝とは、いい換えれば、企画を編集し、出版し、流通させて、可能なだけたくさんの人の知識に還元できるようにするということです。

(c) photo Philippe Migeat© Photos Philippe Migeat et Georges Méguerditchian, Centre Pompidou

――ポンピドゥ・センターが開館した当時、フランスにおいて現代アートへの関心は高まっていたのでしょうか?

ポンピドゥ・センターが開館する以前にも、とりわけオルセー美術館など、フランスで近現代アートを保存・展示する場所はすでに存在しましたが、特化した場所としてはおそらくはじめての施設でした。1979年にはじめての現代アートの展覧会としてサルバトール・ダリ展を開催しました。ダリの知名度があったとはいえ、これは最も来館者を集め成功した企画展で、一般の人びとの現代アートに対する興味の高さがうかがえました。それ以来、人々がもともと持っていた近現代アートへの好奇心、関心をさらに育てることが、ポンピドゥ・センターの使命なのです。

ポンピドゥ・センターの基本方針は、「あらゆる次元において、すべての人に開かれた場所となる」というものです。本当にすべての人へという理念を持っています。

ポンピドゥ・センターは主要の建物と、その手前のピアッツァと呼ばれる広場の2つで構成されています。この空間を手がけた建築家たちは、ここが来訪者の自己表現の場、他者とそれを分かち合うための場になるようにと願いを込めました。そこでポンピドゥ・センターとしての建物の使用は半分にとどめ、メインホールをだれもが自由に立ち入れるようにしました。

大衆性と専門性のバランスをどう保つか

――ポンピドゥ・センター出版局ではどのような本を出版していますか?

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私たち出版局は展覧会に関連した本、ポンピドゥ・センターの収蔵作品に関連した本、そして子どもの本という3つのジャンルで企画をつくります。

展覧会に関連した本にはたとえばカタログがあり、展覧会の規模によって異なる仕様で制作します。それから主要作品のみを簡潔な文章でまとめた、私たちがアルバムと呼ぶシリーズがあります。ほかには展覧会にまつわるテキストがメインのシリーズがあり、たとえば展示のテーマについてアーティストの文章や対談をアンソロジーにまとめています。機会さえあれば、展覧会にからめた単発的な出版企画をつくることもあります。ダリ回顧展では民間出版社と、ダリの生涯を描いたバンドデシネ(フランス語圏で読まれる芸術性の高い漫画)の共同出版をしました。

ポンピドゥ・センターの収蔵作品に関連した本にはまず、国立近代美術館(MNAM)の作品そのものを紹介する『名作カタログ(catalogues patrimoniaux)』という代表的なシリーズがあります。これまで現代アート、近代アート、グラフィックデザイン、映画をテーマに取り上げました。ポンピドゥ・センターはアメリカのMOMAと並び、世界でも類をみないほどたくさんの写真作品を収蔵しているので、『写真シリーズ (collection de photographies) 』も制作しています。また、アーティストや美術運動に焦点をあてて検証する『モノグラフ・シリーズ (collection monographies)』があります。新刊には『ジャコメッティ』と『フォーヴィスム(野獣派)』が並ぶ予定です。さらに『名作100選(100 chefs-d’oeuvres)』は20世紀のアート、デザインや写真などを広く見渡すことができるシリーズです。これらの企画は主に、内部の学芸員によって執筆されます。

最後に子どもの本ですが、出版局では2010年に子どものためのワークブックを全面的にリニューアルしました。ワークブックとは塗り絵やゲームなど、子どもが主体的に近現代アートに触れられ、遊びがあって、にぎやかな本のことです。はじめて制作されたワークブックは『モナリザだけがすべてじゃないことを8歳から11歳までの子どもたちが学ぶための近現代アート・ワークブック(Le cahier d’activités sur l’art moderne et contemporain… : Pour apprendre aux enfants de 8 à 11 ans qu’il n’y a pas que la Joconde dans la vie !)』というタイトルで、重版もかかり、大成功をおさめました。

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こちらのステッカーのシリーズ(上図)も同じく好評で、次作はリキテンスタイン展に合わせて制作していますが、おそらく同じように反響があると思います。子どものためのワークブックは、今後も力を入れていくジャンルです。
以上が、おおまかに私たちが手がける出版物です。いずれのジャンルにも共通していえますが、ポンピドゥ・センターの収蔵作品や活動と関連のないものは、テーマとして扱うことができません。

――学芸員とは制作でどのように連携していますか?

かなり緊密に協力し合っています。展覧会や収蔵作品に関連する本は、つねに美術館や学芸員と企画づくりをします。そして展覧会のカタログ制作の際は、必ず担当の学芸員、もしくは学芸員たちが共同で監修者をつとめます。たとえば、2014年春に開催されるカルティエ・ブレッソン展のカタログの著者はクレマン・シェロー(Clément Chéroux)といいますが、彼はこの企画展の担当学芸員であり、すべての論文を書いています。一方で内容を充実させるために、外部の専門家たちに声をかけることもあります。学芸員は出版局との対話を通して、出版企画を一番ふさわしい形で実現するための手段を知る事ができます。
出版局から企画提案がされることもありますが、いずれにせよ、すべての企画は美術館と出版局経営陣との全体会議で決定されます。通常、展覧会のスケジュールに応じて編集計画をたて、学芸員との話し合いののちに作業に取りかかります。

――編集する中でむずかしいこと、反対におもしろいことはなんだと思いますか?

この2つの質問はつながっています。まずむずかしさとは、その出版物に求められる学術的な責任を果たしながら、読者をみつけることにあると思います。私たちにとって読者とは、近現代アートへの好奇心を持つすべての人を指します。ポンピドゥ・センターの出版物は大衆向けであると同時に、学問的な正確さも備えなくてはなりません。つまり、単純に1人のアーティストの作品を知りたい人も、その分野に精通した美術愛好家も、同時に読者にするのが私たちのやり方です。
展覧会のカタログでは、学芸員が求める学術的なレベルと、一般の人の手に取りやすさとで折り合いをつけるのがむずかしい場合があります。テーマや作品が、人びとにとって身近でない場合があるからです。ここでバランスが取れるかどうかに、その企画がうまくいくかの鍵があると思います。近現代アートに関していえば、出版物あるいはメディアシオン(*)の活動にもほとんど同じことがいえます。つまり、展覧会の主旨に沿った内容にし、できるだけ自然に一般の人が立ち入れるようにする。この課題こそがおもしろくて、一方で大変でもあるのです。
子どもの本に関しても同じことがあてはまります。重要なのは、近現代アートについての語り方が専門的になりすぎず、遊びの要素を持たせたまま、なおかつ正確さを失わないようにすることです。
この課題に一貫して取り組むことで、今日私たちの出版物は、かなり幅広い読者に読んでもらうことができていると思います。

(*) アートと来館者をさまざまな活動で結びつけること。結びつける人のことをメディアトゥール(médiateur)やアニマトゥール(animateur)と呼ぶ。

――本のデザインで気をつけられている点はなんでしょうか?

近現代アーティストの特徴に、その展覧会に使用できる作品やテーマしだいで本の仕様が変わるということがあります。たとえばメインギャラリーである「ギャラリー1」や「ギャラリー2」で開催される大規模な展覧会の場合は、ダリのカタログのように、230 x 280mmの大きいサイズで250〜400ページ、価格は40〜50ユーロが1つの標準といえます。ダリやマティスなど、その作品が名画として一般に評価されているような場合、サイズが大きく高価な本が読者から期待されているのです。

一方で展示面積が小さい「南ギャラリー」や「エスパス 315」で開催される展覧会ではもう少し実験的なことを試みます。
成功例の1つに草間彌生展のカタログ(下図)があります。実験的にサイズを小さく四角くしたところ非常によく売れました。図版が豊富で、160ページ以内、30ユーロ以下で買いやすいこともその理由だと思います。

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装丁に関しては、英語圏の多くの美術館出版局では、ハードカバーは流通用、ソフトカバーは美術館用というように分けていますが、フランスでは異なり、グラフィックデザインや企画しだいでうまく使い分けています。草間彌生のカタログでいえば、ハードカバーだとつまらなすぎてしまうので、ソフトカバーにしてより現代的な雰囲気を出し、企画全体の一貫性を重視しました。

アートに出会うしかけとしてのワークブック

 

アートと教育の関係をどのようにとらえていますか?

すごく広い質問だと思います。私が思うのは、アートというのは教育にとって、とても適したメディアということです。ポンピドゥ・センター内でもたくさんの教育活動が行われています。近現代アートが子ども、青少年、大人にとって身近になるようにはたらきかけるメディアシオンの活動がその1つです。たとえばポンピドゥ・センターでは「来館者部門 (direction du public)」と呼ばれる部署が、子ども向けのワークショップ(**)を手がけています。

(**)ポンピドゥ・センターには子どもギャラリー(La Galerie des enfants)、子どものアトリエ(L’Atelier des enfants)、le Studio 13/16(総合文化施設初のジュニア向けスペース)があり、子どもたちを対象とするワークショップ、美術啓蒙、アート体験プログラムを定期的に開催している。

先ほどお話されていた子どものワークブックについて教えてください。どのような視点で制作しているのでしょうか? また、制作のきっかけはなんだったのでしょうか?

私たちは、1985年に刊行された『遊びの中のアート(L’Art en jeu)』シリーズ以来、一定数のワークブックを制作してきました。というのも、アートについて子どもへ語りかける一番よい手段は、彼らにゆだねて実践させてやることだという確信があったからです。ワークブックは1人のアーティストを取り上げる場合もあれば、色やかたちなどを比較する場合もあります。SUDOKU(数独)や間違い探しなどの、単発的な楽しい企画もあります。私たちはユーモアのバランスを取りながらも、同じくそのアート作品を視覚的にいかすことにも力をいれていて、子どもたちが、アートの世界にすくむぐらい強烈にひきつけられるようにと願いながら制作しています。

こうした制作方針になったのは、特に編集者のニコラ・ロッシュ(Nicolas Roche)がポンピドゥ・センターに出版局長として就任して以来のことです。彼は子どもに近現代アートへの興味をいだかせるには、遊びやアクティビティの実践が重要であるという強い確信を持っていたからです。私たちは、あまりにも内容が教科書的だったり教育的だったりすると、子どもたちの心に訴えることができないと考えています。
企画は、内部から立ちあがる場合もあれば、外部から持ち込まれる場合もあります。子どものワークブックに関しては、オードレー・シュニュー(Audrey Chenu)という編集者が担当していて、彼女は専門家として子どもの本の企画に際し、単に知識を与えるだけでなく、子どもたちが実際に経験を得られる内容へと転換させました。
ワークブックにはある程度の手先の器用さが求められるため、既刊の対象年齢は5〜10歳でした。しかしこの秋には、3歳以上を対象にしたものも刊行されます。

世界へひらく出版局

――今後出版局はどのように出版物を展開していきますか?

すでにたくさんの出版物があり、特にここ数年で多様に展開しました。出版物の知名度を上げることに力を入れるよりは、出版内容のバランスを保つことで読者の期待に応え、さらにその少し先を行く企画づくりをすることを課題に考えています。

それから、ポンピドゥ・センター自体が今後ますます国際的な活動を広げていくにあたり、出版物を通してその動きをサポートすることも私たちの役割です。

具体的には、展覧会のための出版や、国内での共同出版、外国出版社との提携などが挙げられます。ここ数年は、毎年フランクフルト・ブックフェアに出展し、時折ロンドンやボローニャのブックフェアへも出展しています。出版局の可視化についても考えていて、出版局のFacebookページや、今年からニュースレターをはじめました。私も驚いているのですが、このように可視化したことで、今年のロンドン・ブックフェアでは去年と異なり、たくさんのアポイントのリクエストをもらうなど、実際に反響がありました。

別の課題として、フランスのかなりむずかしい出版市場、とりわけ美術書の市場において、どのように持ちこたえるかという問題も挙げられます。ポンピドゥ・センターでは貴重なアーカイブズをたくさん所有しているので、短期的な市場の動きには影響を受けにくいといえます。とはいえ経済状況に賢く対応し、市場に私たちの出版物をきちんと適合させる手段を、つねに検討し続けています。

日本の出版社との提携の可能性もたくさんあると思います。ただ、地理的な遠さや、もちろん文化面での違いもあるので、ドイツや英語圏のパートナーほどには頻度が少ないと思います。まずは巡回展の機会を活用することが、ポンピドゥ・センター出版局と日本の出版社がつながる良いきっかけになるのではないでしょうか。

(2013年4月、ポンピドゥ・センター[フランス]にて。聞き手・翻訳・採録:関本あやか、編集・校正:amu編集部)

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